岸田政権は2022年12月16日に、国家安全保障戦略など安保関連3文書を閣議決定した。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「明らかに『戦争ができる』方向にシフトした。にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんやり暮らしている。この無反応は『自分たちは日本の主権者ではない』という無力感の現れだ」という――。

※本稿は、内田樹、白井聡『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

記者会見に臨む岸田首相=2022年12月16日
写真=AFP/時事通信フォト
記者会見に臨む岸田首相=2022年12月16日

「新しい戦前」どころか「新しい戦中」

【白井】2022年の年末、タレントのタモリさんが「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で言った「新しい戦前」が話題になりました。今日の日本の政治状況や人々の心配をうまく言い表したとは思いますが、2023年は戦前ではなく、ほとんど戦中になっているのかもしれません。

声高に叫ばれているのは、台湾有事の可能性です。不可避だとさえ言われています。特に米軍やCIA(中央情報局)が2025年、2027年などと具体的な年限を挙げてきている。シンクタンクは、開戦したらどうなるかのシミュレーションを公表したりしています。つまりアメリカの中で、極東で戦争を作り出したい勢力がかなり活発に動いていると推測できます。

ウクライナを見よ、なんですね。一種のウクライナ・モデルができている。あそこで何が起きているのか。アメリカからすると、要するに代理戦争です。自分たちはなるべく犠牲を出さずに、むしろ利益を上げながら敵対的な大国・ロシアの力を削いでいるわけです。

代理戦争の場になるのは台湾と日本

【白井】これがうまくいけば、次は中国、東アジアでも応用しようということになってくる。代理戦争の場は台湾と日本です。いわゆる岸田大軍拡はそのシフト、アメリカのために出てきたものと解釈すれば整合的です。

一応、岸田文雄首相が主導していることにはなっていますが、岸田文雄という固有名詞はほとんどどうでもいい。もともと防衛費の大幅な増額は安倍晋三元首相が言い出したことです。高市早苗衆議院議員がそれを受け継ぎ、岸田さんと争った2021年9月の自民党総裁選で盛んに主張していました。安倍さんは高市さんをバックアップしたけれども、高市さんは極端すぎると見られ、穏健に見える岸田さんが総理総裁に選ばれました。

しかし今となっては何のことはない。岸田さんは、安倍さん、高市さんの言っていたことを実行しているだけです。言い出しっぺの安倍さんはこの世にいないのに、大軍拡が粛々と進んでいく。これはどういうことなのか。3人の主体がいるように見えるけれども、実は誰もいなくて、全員が金太郎飴、操り人形です。ですから、2022年12月に岸田政権が閣議決定した新しい安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略〔現 防衛計画の大綱〕、防衛力整備計画〔現中期防衛力整備計画〕)はアメリカとの綿密な打ち合わせ、調整、擦り合わせのもとに出てきたことは確実なのです。