連載 #私の失敗談 第2回】どんな人にも失敗はある。旧民主党政権時代に首相を務めた野田佳彦氏は「37年間、平日はかならず駅頭に立つようにしている。県議を目指した時に始めたことだが、まさかずっと続けることになるとは思わなかった」という――。(聞き手・構成=ノンフィクション作家・樽谷哲也)
インタビューに応じる野田佳彦氏
撮影=遠藤素子
インタビューに応じる野田佳彦元首相。

トラウマになった「生徒会長選挙」の大惨敗

私は、自分自身の政治人生を振り返ってみると、そもそも失敗から始まっていると思っているんです。失敗なんてしないほうがいいのでしょうけれど、失敗したことが人生を大きく変えていくきっかけになるという場合もある。

私は1987年から千葉県議を2期務め、1993年に衆院議員に初当選しました。96年に落選を経験し、現在は通算9期目を迎えました。公職選挙法にのっとった選挙では11勝1敗です。勝率はいいほうだと思うんですが、実は隠れた敗戦というものがありましてね。

それが千葉県船橋市立薬円台小学校、生徒会長選挙なんです。

「“あかつき”って何だよ」同級生の演説に圧倒される

6年生の時、生徒会長の選挙に立候補することになったんです。当時4クラスあって、各クラスから1人ずつ候補者を出すという“枠”がありましてね、みんなやりたくなかったので押し付けだったのかもしれませんが、ともかく6年4組からは、まったくその気がないのに私が立つことになった。

立候補者による立ち合い演説会が開かれまして、6年1組の美藤君がいきなり「私が当選したあかつきには――」と口火を切ったんです。そばで聞いていた私は「“あかつき”って何だよ? 聞いたことがない言葉だよ……」と内心びっくりするやら、うろたえるやら。

彼のお父さん、お母さんが相当に演説原稿に手を入れたのかもしれませんが、とにかく常套句がちりばめられていて、その名演説に圧倒されっぱなしでした。文句なしの圧勝です。

次は2組の宮島君。いまでいうジャニーズ系のイケメンで、女子生徒に抜群の人気があって、浮動票を集めて2位に入ります。3位になるのが今野君というごく普通の生徒でした。

得票数40票、最下位で落選…

4番目に自分の番が回ってきた私は、美藤君に圧倒され、女子の憧れの宮島君にプレッシャーを感じていて、このような見た目ですし、大した中身もないし、とにかく元気に演説するしかないと気負っていました。

いま考えると、男子特有の変声期だったんですね。喉がむずむずするような感じで、ちゃんと声が出ない状態だった。にもかかわらず、緊張もあって気負って話し始めた瞬間、妙にすっとんきょうな声が出てしまったんです。そして、全校生徒が大笑い。同じ小学校に通っている弟まで目の前で笑っているんですよ。