そこで、私は、ある日、朝7時から夜8時まで、13時間を1カ所でしゃべりつづけるのを「マラソン辻説法」と名づけて挑戦しました。

JR津田沼駅で、落語の寄席にあるような「めくり」で「5時間経過・残り8時間」と書いた紙を置いて、つまりは駅を乗り降りして通っていく人たちにも“見える化”して、ぶっ通しでつづけていると、一瞥するだけでなく、足を止めてくれる人が出てくるんですよ。

お昼ごはんに急いでおにぎりを頬張るようなときだけは、友だちが「いましばしご飯を食べさせてください」と臨時にマイクを持って代わってくれるんですが、そのようなとき以外は全部、自分1人でしゃべりつづけました。

インタビューに応じる野田佳彦氏
撮影=遠藤素子
後ろからぶつかってくる人もいた。ビラを目の前で破り捨てられることもあった。それでも街頭に立ち続けた。

皿回しはできないが、言葉が人々に届き始める

朝から晩までしゃべりつづけていますと、頭の中がだんだん真っ白になってきまして、自分でも何をいっているかわからなくってきます。

同じような話を繰り返すようになってきて、えらく苦労するんです。声はだんだんれてきて、嗄れ果てたあとに、これまた不思議といい塩梅の張りと弾みのあるビロードのような声になってくる時がありましてね、私自身も疲れているはずなのに、夕方以降に人が足を止めて「この人は何を訴えているんだろう」と聞いてくれるようになってくる。

最後の2時間くらいになると、500人くらいも足を止めてくれていて、質問が出てくるんです。「教育についてどう考えているのか」「税金のあり方をどう変えていくのか」というように。

このような得難い経験をすることによって、私には松下幸之助さんのいうような皿回しはできなかったけれど、長時間、決まった場所で、半年間、毎日こつこつと立ちつづけ、そしてそのフィナーレに13時間話し続けた結果、500人ほどの人たちが私の話を聞きに来てくれて、有権者とお互いの意見交換もすることができるようになりました。

20万円で買った中古の街宣車が選挙戦初日に壊れる

政治活動の3要件といわれる「地盤・看板・カバン」の何一つない中、苦し紛れでひねり出した知恵だからこそ、大袈裟にいえばイノベーション、新たな技術革新が生まれるのだと心底思い知ったこともあります。

選挙期間中、市長の息子さんだったか、当選が確実視される候補者がベンツのオープンカーに乗って「野田君、頑張れー!」なんて露骨に余裕綽々のエールを送られることがあった。私は、助手席のドアが外れてしまうような20万円で買った中古の軽自動車で演説に走り始めた初日だったんですが、「こんな街宣車、いっそやめちまおう」と、すぐに車を降りて歩き始めることにしました。

駅や街頭に立ってしゃべりつづけるのとはまったく別です。ハンドマイクを肩に担いで、ひたすら歩きながら辻説法をつづけました。勢いづいてこんな判断をしたことが成功であったのか失敗であったのか、いまも私にはわかりません。