長生きをするには、どうすればいいのか。分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「多くの栄養素は多少過剰に摂取しても体が調節するが、中にはできないものもある。たとえば鉄分濃度を下げるためには献血も有効だ」という――。

※本稿は、ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

献血
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「輸血」は若返りに効果的か

1920年代初頭の旧ソ連、ひとりの科学者が人類の未来に関わる大望を胸にモスクワの街路を歩いていた。

この科学者、アレクサンドル・ボグダーノフは作家で哲学者で内科医でもあり、熱心な共産主義者だった。もっとも、シベリア送りを恐れて共産主義になったのではなく、他の共産主義者が恥じ入るほど共産主義を心の底から信奉していた。彼は自らの政治理念やSF小説、さらには単細胞生物の研究に触発され、人類は互いに血液を共有すべきだと確信するに到った。理想的な共産主義社会を実現するにはどうしてもそうしなければならない、と考えたのだ。

実を言えば、輸血による若返りも期待していたようだ。行動派のボグダーノフは早々と政府の支援をとりつけ、モスクワに輸血のための研究所を設立すると早速、輸血に取りかかった。もちろん、自分も実験台になった。

当初はすべてが計画どおりに運んだ。彼自身は2年間で10回、輸血を行い、どれも成功したように思えた。「ボグダーノフは実年齢より10歳若返ったように見える」と友人のひとりは手紙に記している。

しかしそこでボグダーノフの運は尽き、11回目の輸血はひどい失敗に終わった。実際に何が起きたのか正確なところは今もわかっていない。この血液の提供者はマラリアと結核にかかっており、ボグダーノフはその血液に免疫反応を起こした。事実は藪の中だが、政治家同士が斬新かつ独創的な方法で互いを殺し合う国で起きたことで、陰謀であったとしても不思議ではない。

輸血の2週間後、ボグダーノフは腎臓と心臓に合併症を起こし、54歳で亡くなった。

2匹のマウスを縫い合わせるという酔狂な実験

彼は輸血実験を行った最初の科学者ではない。むしろ、彼のような酔狂さは、この分野ではそれほど珍しいものではなかった。最初の輸血実験は1864年に行われた。フランスの科学者ポール・ベールが2匹のマウスを縫い合わせるのは名案だと考えた。いくらかは自分にその腕があることを示したかったのだろう。

おぞましい実験は成功し、結合されたマウスは循環系が自然に融合して血液を共有するようになった。この奇妙な現象は並体結合パラバイオシスと呼ばれ、続く数十年間、他の科学者も挑戦するようになった。彼らの実験は臓器移植の成功への道を切り開いた。