長生きをするにはどうすればいいのか。分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「風が全く吹かない場所に生える樹木は自重でやがて倒れてしまう。人間も適度なストレス下で暮らしたほうがいい」という――。
※本稿は、ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
放射能を浴びたマウスは、なぜ老化が早まるのか
わたしが暮らすコペンハーゲンで地下鉄に乗ると、抗酸化物質がたっぷり添加された新発売のスムージーの広告をよく見かける。「インフルエンサー」やネット上のマルチ商法が扱う怪しげなダイエット・サプリメントも同様だ。しかし、抗酸化物質とサプリメントのラブストーリーは想像以上に深刻な状況から始まった。
1950年代――最初の原子爆弾が日本に投下されて数年後――科学者たちは放射線が人体に及ぼす影響に関心を寄せていた。例のごとく、人間が苦しまずにすむようにマウスが苦しむことになった。実験を重ねた結果、致命的ではないが高レベルの放射線をマウスに浴びせると、老化が加速することがわかった。放射線を浴びたマウスは加齢性疾患を通常より早く発症し、死期も早まった。
放射線がマウスにとって害になるのは、一つにはそれが細胞の中でフリーラジカルと呼ばれるものを作り出すからだ。フリーラジカルは非常に反応しやすい分子で、他の分子に衝突すると、その分子を傷つける。言うなれば、陶器店にいる雄牛のようなものだ。どの動物も放射線にさらされると細胞内でこの雄牛が暴れまわる。科学者は雄牛がもたらす被害の総量を「酸化ストレス」と呼ぶ。つまり、放射線を浴びたマウスは「酸化ストレスが高い」のだ。
そこで登場するのが抗酸化物質(アンチオキシダント)である。抗(アンチ)はフリーラジカルに対抗するという意味で、抗酸化物質は陶器店の雄牛に打ち込む鎮静剤と見なすことができる。放射線の研究者たちは抗酸化物質を使えば、マウスを放射線の害から守ることができるのではないかと考えた。実験の結果、抗酸化物質は放射線を浴びた動物の寿命を延ばすという結論に至った。