アルツハイマー型認知症の発症を避けるにはどうすればいいのか。分子生物学者のニクラス・ブレンボー氏は「アルツハイマー病の治療法は確立されていないが、発症には微生物の関与が疑われている。このためデンタルフロスを使っていると、予防効果があるかもしれない」という――。

※本稿は、ニクラス・ブレンボー『寿命ハック』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

デンタルフロス
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脳細胞が死滅し記憶が消えていくアルツハイマー病

アルツハイマー病は高齢者に降りかかる最悪の不運の一つだ。この神経変性疾患に侵されると生涯の記憶がゆっくりと消えてゆき、やがて愛する人々のことさえ思い出せなくなる。長く生きた末に迎えるきわめて残酷な終焉しゅうえんである。

この病気の特徴は脳にタンパク質のプラークが現れることだ。このプラークはアミロイドβと呼ばれるペプチド(鎖状につながったアミノ酸)が凝集し、小さな塊になったものだ。この塊ができる理由はわからないが、これが脳内で炎症を引き起こし、やがて脳細胞を死滅させる。

そうであれば解決策は明らかだ。この塊を除去するか、そもそも塊ができないようにすればよいのだ。だが、それは言うほど簡単なことではない。なぜなら脳は血液脳関門で守られているからだ。先に述べたように、このため脳の薬の開発はきわめて難しい。

アルツハイマー病の治療薬はアミロイドβの塊を除去する以前に、まず脳内に入らなければならず、それにはベルリンの壁の生物学版を突破する必要があるのだ。

現時点で治療法は確立されていない

このような困難にもかかわらず、製薬会社は脳内でアミロイドβの塊が形成されるのを防ぐ薬をすでに開発した。塊を除去する薬さえできている。

だが残念ながら、それらは役に立っていない。実のところ、役に立つものは一つもない。アルツハイマー病との闘いには莫大ばくだいな資金が注ぎ込まれ、大勢のきわめて有能な科学者たちが研究人生を捧げ、何百もの薬が臨床試験で試されてきた。しかし、膨大な努力にもかかわらず成果は出ていない。有望とされた新薬はことごとく失敗に終わった。治療薬はない。自然寛解の見込みもない。わたしたちにできるのは発病を少しでも遅らせることくらいだ。