アルツハイマー病患者の脳には鉄分が多い
では、献血による健康効果はどこから来るのだろうか。一つの可能性は、おなじみのホルミシス効果だ。
半リットルの血液を失うことは体にとってストレスであり、人間がそれに対処できるように進化してきたことは容易に想像できる。今日、血液を失うことはめったにないが、かつては腸内にさまざまな吸血寄生虫がいたし、鋭利な刃物で互いを傷つけ合うことも多かっただろう。もしくは先に述べたように、古い血液には老化促進因子が含まれ、除去することがプラスになる可能性がある。もしそうなら、その因子の候補はいくらでもある。特に興味をそそるのは鉄だ。
献血すると赤血球を大量に失う。赤血球は肺から体全体に酸素を運ぶ細胞で、ヘモグロビンという特殊なタンパク質を使って酸素を運んでいる。ヘモグロビンには鉄の分子が含まれる。実際、赤血球や血液を赤くしているのは鉄なのだ。献血すると赤血球を大量に失い、補充しなければならなくなる。新しい赤血球を作るには細胞内に貯蔵されている鉄を使ってヘモグロビンを作る必要があるので、献血すると体内の鉄分が減るのだ。
さて、鉄を大量に失うことは体に良いこととは思えない。通常、懸念されるのは鉄分の不足だ。しかし、鉄はきわめて悪い場面に登場する。アルツハイマー病やパーキンソン病の患者では、脳の病変部に鉄が異常に多く含まれる。脳の鉄分量が特に多い人はアルツハイマー病の進行が速い。
鉄分量が多くなりやすい人は早死にする傾向にある
同様に、加齢によって血管に蓄積するプラークは鉄を多く含み、心臓発作や脳卒中の原因になる。採血によって鉄分量を下げて発ガンのリスクを低減させたランダム化比較試験さえ存在する。
この試験には1300人の被験者が参加し、二つのグループに分けられた。定期的に採血するグループとそうでないグループだ。試験が終わったとき、採血グループは対照群に比べて、ガンの発生率が35パーセント低かった。また、採血グループでガンになった被験者は生存率が60パーセント高かった。
遺伝学的研究も鉄代謝と長寿との関連を裏づける。ゲノムワイド関連解析(GWAS)をご存じだろうか。
GWASは、どの遺伝子変異がどの形質をもたらすかを調べる研究だ。GWASによって、免疫システム、成長、代謝、ゾンビ細胞の生成に影響する変異は老化に関係していることがわかった。また、GWASは鉄に関する真実も明らかにした。遺伝的に鉄分量が多くなりやすい人は、早死にする傾向にあるというのだ。
この発見は実際の血液測定によって裏づけられている。デンマーク人9000人を対象とする研究で、フェリチンと呼ばれるタンパク質を調べた。フェリチンは鉄の貯蔵に関わっており、血清フェリチン濃度が高いほど体内に貯蔵される鉄の量が多い。このデンマークの研究では、フェリチン濃度が高い人ほど早死にするリスクが高いことがわかった。特に、男性の場合はそうだった。