自慢の父親

父親の入所後、険悪な頃の罪滅ぼしをするかのように、和栗さんは週2回以上面会に行き、父親を外へ連れ出しては、買い物や食事をした。コロナの影響でなかなか会えないが、今年の春先に少し会えたときは、大好きだった喫煙も夕食後の飲酒の習慣も忘れてしまうほど、認知症が進んでいた。

「差し入れのお菓子を喜んで食べ、同じ話を何回もし、穏やかで子どものような父になってきました。今は、自分の名前がやっと書けるくらいです。歩行訓練はしていますが、以前のように車椅子から立ち上がるような行動はなくなったようで、転倒リスクが減り、ホームからの電話にびくびくするようなことがなくなりました」

コロナの影響で介護タクシーの仕事も減ってしまった。和栗さんは、空いた時間で何かできないかと思い、介護福祉士の資格取得のため、実務経験を積みに介護施設でパートを始めたほか、知り合いから勧められた障害児童支援の仕事にも携わり始めた。

「覇気がなくなった父を見て、長女はさみしいと言いますが、すでに平均寿命を5年も超え食事制限もなく、それだけでも幸せな年の取り方だと私は思っています。あとは、けがすることなく穏やかに過ごしてもらえたら……。面会緩和になったら車いすごと私の車に乗せ、入所した頃のように大好物の餃子だ、お寿司だと食べ歩きに行きたいです。そういう気持ちに戻れたのも、施設入所のおかげだと思っています」

窓辺で外を眺める高齢男性
※写真はイメージです(写真=iStock.com/arvitalya)

父親が施設に入所したあと、父親からも姉たちからも、和栗さんへの感謝もねぎらいもなかった。しかし和栗さんは、「施設に入所できただけで十分」と話す。

「もともと私はお父さん子でした。基本『ダメ』と言わない優しい父。甘やかす父を母は嫌だったらしく、母からはとても厳しくされ、授業参観も父に来てもらっていました。人当たりがよく、紳士でハーフっぽい顔立ちをしていた父は、私の自慢でした。父は、入所の少し前から異常なほど寝汗をかくようになっていたのですが、もしかしたら、入所が不安だったのかもしれません。でも、その頃の私は父の引っ越し準備や断捨離に毎日くたくたで、父のことを心配する心の余裕は皆無でした」

介護施設でパートを始めてから和栗さんは、「私の父も施設に入っています」と言うと、他の職員や利用者の家族などと、施設話に花が咲くようになったという。

「介護には、適度な距離が必要だと思っています。施設に入れている方の多くは、施設しか道がなかった状況の方が多く、みなさん罪悪感でいっぱいのようです。でも、罪悪感を抱く必要はなくて、できることをできる量だけやればいい。後はプロにお任せして、肩の荷を下ろすのは悪いことだとは思いません。他人だから優しくできるということもあります。私も仕事でなら、認知の方に100回同じことを言われても笑顔で聞けますが、父だったら2回目で罵倒していると思います」

そう言って笑う和栗さんは、最後にこう言った。

「言い方が悪いですが、どんどん親のレベルが下がる一方で、兄弟姉妹の役割分担、パートナーの理解、金銭的な問題など、乗り越えないといけないハードルがたくさんあると思います。私は、幸いにも父にわりと年金や預金があり、金銭的な問題はなくてラッキーでした。同居していた頃は不満もありましたが、タオルを投げてくれた姉たちと、入所を決断してくれた父には感謝しています。あと少し一緒に住んでいたら、私は今頃刑務所に入っていたかもしれません」

筆者も義母と同居したことがあるが、数日で後悔した。始める前はできると思っても、実際にしてみるとできないとわかることはある。

ここで重要なのは、「安請け合いをする人がいけない」と被介護者を責めることではなく、「これ以上頑張れない」とわかった被介護者を救う受け皿が十分に整備されていないことだ。和栗さんの父親は入所する資金があったから、本人の意思次第で施設入所できたが、金銭的に余裕がない家族の場合はそうもいかない。

さらに、和栗さんが介護タクシーのドライバーで、次女が保育園の園長、長女が会社員だったように、多くの被介護者は何かの道のプロだ。愛する家族を介護のプロに預けることは、経済を回す上でも、最期まで家族を愛する存在とする意味でも、理にかなったこと。罪悪感を持つ必要は全くないと、声を大にして言いたい。

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