圧迫骨折
ところが2019年3月、事件は起きた。この頃、父親は深酒をすることが増えたため、深夜に何度もトイレに行き、酔いと寝ぼけでつまずいたり転んだりすることが多くなった。
ある日、和栗さんは深夜に壁を叩くような音がどこかから聞こえ、おかしいと思って父親の部屋へ行くと、父親は、下半身はベッドから落ちている状態で、仰向けに倒れ、壁を叩いていた。和栗さんが駆け寄り、落ちている下半身をベッドに上げようとすると、父親は失禁しており、「腰が痛い。動けない」とうめく。
和栗さんは救急車を呼び、運ばれた病院で「腰椎圧迫骨折」と診断される。骨を固める手術を受け、そのまま入院し、4週間で退院した。
退院時はヨロヨロとなら歩行できたが、骨が弱くなっているため、和栗さんは「また転倒して骨折したらいけない」と思い、用心のため外出時は車椅子を使用するように。
その後、室内でよろけることが増えたため、アクティブシニアカーという歩行器かつえを使い始めたが、コルセットは「硬くて痛い」と言って嫌がった。退院後の父親は、何かあるとすぐに和栗さんに頼るようになっていった。
「『お酒がないから買ってきて』『病院行きたいから乗せて行って』と、当たり前のように使われることが増え、ストレスが爆発し、普通に会話ができないほど憎しみを持ちました。私は、介護タクシーや福祉のバイトでは人のお世話をしていますが、“できるのに自分でしない人の世話はしたくない”がモットーです。近隣に住みながら、父親の介護を私に押しつける無責任な姉たちや、父親が夜中に立てる物音にどんどん神経がすり減っていき、実の父親ですが『私は一生こいつの面倒をみるのか?』と思うとやっていられませんでした」
次女は夫が長男で、義母が病気のため、「お手伝いくらいはするよ」と言い、夫の運転で父親をあちこちに連れ出してくれていたが、先の家族会議で、「定年後に父親を引き取る」と発言していた長女は、父親の圧迫骨折後、「介護はよくわからないから、やっぱり同居できない」と言い出し、関係がギクシャクしてきていた。
2019年夏、父親は、長女の付き添いで通院する日の前日、和栗さんに明日の予定を聞いてきた。途端、「姉との予定なんだから本人に聞けば?」とイライラ。ちょうどそのとき、和栗さんのLINEに、姉から明日の通院の予定が入ってきた。
「一度しか言いませんから紙に書いてください! 明日の出発は12時、お昼ご飯は病院で。以上!」。和栗さんがそう言うと、父親は和栗さんをにらみつけた。
「何、にらんでるの? あんたに関わりたくないって言ってるのに、わざわざ間に入ってやりとりしてやってるんだよ! にらまれる筋合いないね!」。そう和栗さんが言うと、「はい、もう一度お願いします。書きますから」と父親。
和栗さんがもう一度予定を言い、父親が書き終わると、「そんな言い方しなくたっていいじゃない」とぽつり。それを聞いた和栗さんは、「私、あなたのことが嫌いなので!」と一蹴。父親は憤怒と悲しみが混じった表情をする。
「気に入らなければどうぞ、残り2人の娘に頼ってくださいませ」。和栗さんは自分の部屋へ去った。
8月、和栗さんの父親への態度の悪さが徐々に周囲の人に伝わり、それを耳にした姉たちが「このままでは最悪の事態になるかもしれない」と心配。次女が園長を務める保育園の敷地内に、同じ会社が運営する老人介護施設があったことから、その施設への入所を父親に勧める。
その頃には父親も、和栗さんの自分に対する接し方を問題視しており、「もう自分が施設に入るしかない」と考えていたようで、すんなりOKした。