結果的に「お月さん」どころか月に1台も売れないという新人も結構いるという。売れなければ辛いし、さすがに強靱な体力の持ち主でも精神的に追いつめられる社員も出てくるだろう。やはりこの時期になると退職を考える新人も多いという。だが、退職を考えても、実際に入社1年以内の離職者はほとんどいないという。それを防止している理由の一つが職場の手厚いフォローである。

「3年で一人前という考えがありますし、それまでは辞めないように意識づけをしてくれと、現場に伝えています。たとえ車の話ができずに挨拶だけに終わったとしても、それは失敗ではなく、次につながるチャンスになると言い続ける。あるいは契約できそうなお客様を新人に紹介し、契約成立することの喜び、お客様からも感謝される喜びを与えてやる人もいます。叱咤激励だけではなく、時には褒めてやるなど様々なやり方で職場でフォローしながら続けていくような動機づけを行っています」(磯人事部長)

石の上にも3年ではないが「挫けることなく続けていけばお客様のネットワークが広がり、契約に結びついて、3年いると辞めたいという人は少なくなる」(磯人事部長)という。しかし、一人前の営業マンといっても誰にも共通の「売れる営業のスタイル」があるわけではない。磯人事部長は「マニュアル通りでは売れない」と指摘する。

「一応、売り方など基本的なことを書いたマニュアルを販売担当は持っていますが、その通りにやれば売れるというものではありませんし、先輩のやり方を真似しても売れない。かわいい顔をすれば、優しい声を出せば売れるというものでもありません。人とは違う自分という個性を生かし、自分を売る技量を身につけることが大事なのです。最初の1~2年は周りのサポートを受けながら自分なりの売り方のノウハウを築いていくプロセスでもあります」

ここで重要なポイントはヤナセが創業以来、貫いてきた「車を売るのではなく、車とともにある生き方を提案すること」という流儀にある。つまり、逆説的に言えば、扱っているブランドがいかにすばらしいものであるか、その魅力を力説しても売れないのである。要は顧客にとってその車が必要な状態にしてしまうことである。

「その車が側にあることでお客様が非常にステータスを感じる、満足を感じるような形に持っていく。お客様のライフスタイルの中に、この車をどう置けばお客様が映えるのか。車を売るのではなく、ある意味でその人の生活の中の飾りとして何がふさわしいかという形で車を提案することが重要なのです」(磯人事部長)

昔と違い外国車は珍しくないし、性能や価格もそれほど変わらない中で車の魅力を訴求しても売れない。プロのディーラーはどんな車であろうと、顧客に買いたいという気持ちにさせる付加価値を提供できるかどうかが問われるということだ。しかも、そのノウハウは他人が真似することのできない個性と同一化している。