トップセールスは「車を買ってください」とは言わない

ヤナセにはスタープレーヤーは多い。たとえば同社のトップセールスは、多忙でなかなか会えない顧客に率先して接触することを心懸け、やっと会うことができても車を買ってくださいとは一言も言わない。自分という人間と名前をとにかく売り続け、そのうち相手からまた来てくれと言われるような信頼関係を築き、顧客だけではなく、顧客の知人・友人関係までセールスの輪を拡大するという。これも決して窺い知ることのできないノウハウである。

もちろん組織にはスーパースターだけいるわけではない。ヤナセのもう一つの特徴はスーパースターの持つ個性と組織を融合させた全体最適の仕組みをつくり上げている点だ。その一つが複線型人事・賃金制度である。

同社の賃金体系は職務・職責に基づき、一般社員層が1~3の3ランク、幹部社員層が4~6までの計6ランクに分かれている。さらに幹部社員層はラインマネジメントやセールス特化型などいくつかのコースに分かれ、セールスプロフェッショナルの道を究めることが可能になっている。

セールス職には所定の給与以外に、販売実績しだいでは青天井の報酬を支払う「販売員手当」が支給される。実際に32歳で年収2000万円のセールス職もいる。販売員手当がセールスインセンティブを高めるだけではなく、実績しだいで「マネジメント職以上の年収を得ることができる」(磯人事部長)セールスの専門職として生きることもできる。

じつは複線型人事を採用する大手企業は少なくないが、成功している企業は意外に少ない。ラインマネジメント以外に専門職コースを設けても、やはり従来の出世コースであるラインマネジメントを目指す社員が多く、専門職制度が形骸化しているケースも多い。その背景には本人が望まないだけではなく、「営業成績もいいからマネジメントも勤まるだろう」という上長の安易な考えもある。

しかし、名プレーヤー必ずしも名監督ならずの例えもある。スタープレーヤーは「いわば神様であり、自分ができるのだから部下もできるだろうと思ってしまう。その思いを殺せば、名監督になれるかもしれないが、そうでなければ部下もついてこないし、育てることも難しい」(磯人事部長)のである。