3部作の観客動員数累計900万人超、興行収益総額115億円という、最近の日本映画では類を見ない大ヒットとなった「20世紀少年」。成功の裏側には、漫画、映画、テレビ、広告によるメディアミックス戦略があった。

親子をターゲットにした商品開発

映画が斜陽産業といわれて久しい。無論、ビジュアル面の高度化やシネコンの開発等により、復権の兆しが見えなくもない。だが実は映画産業の相対的な斜陽化傾向はシネコンの増加とともに確実に進行している。21世紀に入って、シネコンのスクリーン数がほぼ倍増する中、映画人口は横ばい状態を続けているのだ。つまり裏を返せば、箱に足を運んでくれる観客の数は半減していることになる。この結果は今後の施設の整理・淘汰を予感させる仄暗い事実といえる。

こんな憂鬱な予想を吹き飛ばすような型破りな大ヒット邦画が近年誕生した。「本格科学冒険映画 20世紀少年」である。この映画は3部作からなるが、2008年8月公開の第1章が40億円、09年1月公開の第2章が30億円、同年8月公開の第3章が45億円の興行収入を稼ぎ出している。観客動員数も3作累計で実に900万人超を記録しているのだ(2009年11月上旬時点)。

なぜこの映画はこのような好業績を収めることができたのだろうか。今回はこの大ヒットの秘密に迫ってみたい。

まず作品の梗概を記そう。アポロ11号の月面着陸、翌年の万博を控えた1969年に、どこにでもいそうなケンヂという小学生とその遊び仲間が原っぱに草で作った秘密基地の中で「よげんの書」をしたためる。その中身は、悪の組織による世界征服、細菌ガスをまき散らす人類滅亡計画、羽田空港や国会議事堂の爆破、巨大ロボットの出現、そしてそれを食い止めるために立ち上がる九人の戦士の登場、といったいかにも子供らしいヒロイズムに溢れた空想だった。だがケンヂが大人になり、よげんの書のことなど忘却の彼方にあった97年から予言通りの事件が起こり始める。それを起こしたのは「ともだち」という教祖に導かれたあやしい教団なのだが、それを阻止すべくケンヂと原っぱの仲間たちが集まり、ともに戦って、「ともだち」の正体や行動の謎を解いていくという物語だ。

巨大ロボットが東京の街を破壊したり、円盤が飛びかったりと30年代のパルプフィクションを彷彿させるような荒唐無稽なストーリーである。だがその原作を「これでどうよ」とばかりに観客に向かってど真ん中に剛速球のストレートボールを投げ込む。この映画は滑稽とさえいえるテーマを大上段に振りかざし、潔く正々堂々と真っ向勝負した大作なのだ。

この映画の原作は、『YAWARA』『MONSTER』などで有名な浦沢直樹氏がビッグコミック・スピリッツに99年から06年まで連載していた『本格科学冒険漫画 20世紀少年』である。まず映画がヒットした理由の一つはこのコミックを選定したことにある。この単行本はなんと累計発行部数2800万部、世界13カ国で出版されている。この数字が時代のニーズを的確にキャッチしていることを示している。

浦沢氏にはあまたのファンがいる。それゆえ、連載開始当初から映像化を希望するプロデューサーからのオファーは数多くあったという。今回の幹事会社の日本テレビも初期段階からオファーを行っていた。そして映画会社国内最大手の東宝に声をかけ、配給プラス出資を仰ぐことで同意し、邦画では初めてといわれる3部作での上映形態と、60億円という巨額な製作費を出すことで、映画化が決定した。

ただどんなに原作が素晴らしいものであったとしても、それの実写は別物である。とりわけ大ヒットコミックはコアなファンが多いので、実写映像がファンのイメージや夢を壊してしまったならば、怒号や酷評の嵐が巻き起こる。映像化の総責任者である映画監督の責任は重く、心理的負担はさぞや大きいと思われる。

しかし監督を務められた堤幸彦氏からは意外なほど肩の力の抜けた柔軟なお答えをいただいた。氏によると、「明確におもしろい原作がそこにあるわけだから、原作を何度か読んで、うーっとにらみつけて考えたときに、これ、このまんまやればいいんじゃない? という、コンセプトに至った」という。これを原作原理主義というそうだが、第一章に関しては客席で漫画を読みながら映像を見ていてもほとんど筋が追えるほどそっくりなコマを入れている。これは原作のコア・ファンの期待を裏切らないという意図で作ったという。

ただそれだけだとこの大作に見合った観客動員は見込めない。そこで、原作を読んだことのない人々にも、映画としての独立した面白さを実感してもらうために、見事なCG映像をふんだんに挿入し、唐沢寿明、豊川悦司、常盤貴子各氏といった総勢300人にも及ぶオールスターキャストに、その持ち味が生きるような演出を行ったのだ。

ところで「顧客層」に関しては興味深いお話をいただいた。この一連の作品を鑑賞しに来る人々のパターンとして「親子で来る」層が意外に多かったという。親世代にとっては70年の万博が一つのシンボルになっていたり、ノスタルジーを感じさせる昭和の街並みが登場したりするからであり、子供世代にとっては人気の漫画が題材になっているからだろう。堤監督は、「ずっと共通の話題がなかったけれども、映画『20世紀少年』を通じて、親子の会話ができました」と感謝の言葉を多く受け取ったという。

これは非常に示唆的である。通常のマーケティングでは顧客ターゲットは一点に絞り込むのが常識化している。だが年齢も意識も行動も異なる「親子」をターゲットにする商品の開発ができれば、もちろん顧客数は伸びるし、家庭内コミュニケーションの円滑化にも寄与することができる。