息子が第三者に危害を加えるかもしれない」

2019年6月1日午後、元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76歳)が「息子を刺し殺した」と自ら110番した。熊沢容疑者が殺したのは長男の英一郎氏(44歳)。英一郎氏はオンラインゲームに没頭して長らく引きこもり生活をしていたという。

中高年ニートが関係する事件が相次いだ。19年5月28日、川崎市多摩区の路上で19人が殺傷される事件が起きた。襲撃後に自殺した岩崎隆一容疑者(51歳)は「引きこもり生活をしていた」と各社に報道された。

熊沢容疑者の事件の発端は、家の近所で開かれていた小学校の運動会の音について「うるせーな、子供ぶっ殺すぞ」と英一郎氏が発言したことだという。報道によると、この言葉を聞き、熊沢容疑者は「(数日前に起きた)川崎市の事件が頭に浮かんだ。自分の息子が第三者に危害を加えるかもしれないと思った」そうだ。人様に迷惑をかける前に自分の手で始末したということなのだろうか。

プレジデント誌編集部は熊沢容疑者と交流があった、元衆議院議員の福島伸享氏と、内閣官房参与の飯島勲氏に熊沢容疑者の現役時代の仕事ぶりを聞いた。盟友たちの話からは熊沢容疑者の、人格者としての厚い人望が見えてきた。

政治の力を頼ろうとしない「穏やかな人」

「本当に穏やかな人です。霞が関で事務次官になるような人は、我が強く、権謀術数に長けた人が多い。ですが、英昭氏は政治の力を頼って出世しようなんていう意欲が全くない方でしたね」

熊沢容疑者と交流があった内閣官房参与の飯島氏(右)と元衆議院議員の福島氏。(時事通信フォト(福島氏)=写真)

福島氏は熊沢容疑者についてそう振り返った。福島氏は、支援を受けている団体の会合などで熊沢容疑者と度々会う機会があったという。

熊沢容疑者は都立上野高校から東京大学法学部へ進み、1967年、当時の農林省に入省した。農水省のエリートポストといわれた畜産局長を務めた後に、国際分野を統括する事務方ナンバー2の農林水産審議官に就任。国際分野の担当が長く、関税および貿易に関する一般協定(GATT)=ウルグアイラウンドではコメの関税化の対応にあたっていた。

「英昭氏は農水省の中の農産物貿易を専門としており、その分野では非常に高名な人でした。大学の農業経済学科で農産物貿易を学び、TPP反対運動などもしてきた私は、ずっと敬意を持って仰ぎ見てきました」(福島氏)

熊沢容疑者は2001年には事務方トップの事務次官に就いた。