大病院の救命救急センターは、生と死が交差する過酷な現場だ。そこで軽はずみなことは言えない。鳥取大学医学部附属病院の看護師長を務める森輝美氏は「心情的には患者さんの家族に寄り添いたいが、私たちは“一生懸命看護させていただきます”としか言わない」という――。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル』の一部を再編集したものです。

鳥取大学医学部付属病院救命救急センター小児科病棟師長の森輝美さん。「ドクターヘリ」のある病院の屋上にて(撮影=中村 治、以下すべて同じ)

人生を彩る仕事とは

自ら選んだ仕事をどのように捉えるかによって、人生の色合いは大きく変わってくるものだ。それにより、自分の姿が鮮やかに発色することも、くすんでしまうこともあるだろう。もちろん幸せなのは前者である――。

米子市で生まれた、森輝美が看護師を志したのは、ほんの軽い気持ちだったという。

「なんか人のためになりたい、そして将来的に長くやれる仕事、やりがいのある仕事をしたかったんです。それならば医療系かなと。心理療法士とかいろいろと考えたんですけれど、やっぱり看護師だと思ったんです」

高校卒業後、倉吉総合看護専門学校に学び、看護師免許を取得。91年に鳥取大学医学部附属病院(以下とりだい病院と略)に入職している。当時、国立大学病院の職員は国家公務員であり、狭き門だったという。まずは「消化器外科」、そして「循環器内科」「内分泌代謝内科」の病棟を担当した後、「救命救急センター」の立ち上げメンバーに入った。

2004年10月、とりだい病院は厚生労働省および鳥取県から救命救急センターとしての認定を受けている。森は東京都三鷹市にある杏林大学医学部付属病院で3週間の研修を行っている。

救命救急センターで働く看護師の難しさ

救命救急センターは救急区分の「三次」医療機関に分類される。

「一次」は夜間・休日診療の時間外に比較的症状の軽い患者を診療することを指す。「二次」は、入院治療を必要とする重症患者の医療に対応、入院、中程度の難易度の手術を行う。そして、「三次」―二次救急の範疇(はんちゅう)に収まらない患者を受け入れられる医療機関のことだ。

急性心筋梗塞や外傷、熱傷などの重篤な患者、複数の診療領域にわたる重度の緊急患者を受け入れるため、高度な医療を総合的に提供できる医療体制が必要とされる。

医療体制とは、施設だけではなく、医師、看護師、救急救命士などの“人的資源”も含まれる。

「それまでこの地域には(二次の)救急外来はあったのですが、救命救急センターはありませんでした」

とりだい病院は鳥取県西部地域を中心として、県境を跨いだ島根県東部までの三次救急を24時間受け入れることになった。

救命救急センターの看護師の難しさはなにかと問うと、森は少し考えてこう答えた。

「なにか資格があればいいというのではないんです。大学病院なので各科が揃っている。そこで定期異動して、いろんな科をみられるようになっておく必要はあります。特定看護師、救急認定看護師という資格を取得した人ならば、救命救急センターに来ればより力を発揮できるかもしれません。でも、それ以上に大切なのはやる気」

生半可な気持ちではやれない――きっぱりとした口調で付け加えた。