脳裏から離れない一人の女性

仙台では、朝から晩までひたすら動き続けていた記憶しかない。

「疲れは感じなかったですね。元気でした」

アドレナリンが出ていたんでしょうね、と微笑んだ。

一人の女性のことが今も森の脳裏から離れない。

「ほとんどの方が津波の被害に遭われていた方だったので、重症か軽症のどちらかでした。一人のお母さんがショッピングセンターで買い物をしているときに、津波に襲われた」

建物の柱が落下し、彼女に直撃していた。骨盤を骨折する重症だった。

「骨盤骨折は福島県内では治療できないので、自衛隊のC1(輸送機)で転移搬送されました。そのとき、彼女は離ればなれになってしまった小学1年生のお子さんを大丈夫だろうかと、ずっと心配していたんです。実はお子さんは亡くなられていたんですが、伝えていなかった」

その後、彼女は顔見知りが誰もいない、故郷から遠く離れた病院の無機質なベッドで我が子の命が消えたことを知ったことだろう。その姿を想像すると胸が痛んだ。

「朗らかさ」はあるか

2015年、森は看護師長に昇格している。師長になってから、より自分の仕事に喜びを感じるようになったという。

「管理職になると、自分のことよりもスタッフをどのように育てていくのかという悩みがあります。

どのように理想の救命センターを創るかと常に構想をねり、スタッフとともに目標を成し遂げるための作戦を実行しているときが楽しく、結果がでたときに最もやり甲斐を感じるんです」

森は54人の看護師を束ねていた。大切にしたのは、部下のメンタルコントロールである。過酷な現場では精神のバランスを崩しやすいからだ。一人あたり年に3回ほどの面談を行った。

「だいたい30分ぐらい。長いときは2時間。メンタル、健康面、プライベート面についての話。そしてどういう目標を持って、なんの成果を上げようとしているのか」

救命救急センターのような緊迫した場面で必要なのは、先を読む力であると森は考えている。それには日々の学び、向上心が必要になってくる。

「なぜ患者さんがこんな状態になっているのだろう。なぜ熱が出ているのか。その原因は何か。あるいは呼吸が悪い。身体の中でどういう反応が起こっているのか。ドクターカーなどで運ばれる間のプレ・ホスピタル(応急処置)も大切。そのためには先を読んだ対応が必要。医療に関わることならばなんでも貪欲に吸収する人間でいてほしい」

鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル』

最後に理想の救命救急センターの看護師とは? という質問をしてみた。

「高いスキルをもった上で周囲とコミュニケーションを取れる人、自分の考えをはっきりと言える発信力、プレゼンテーション能力のある人」

一息置いて「あとは笑顔」と言うと弾けるように笑った。文字通り死と隣り合わせの現場であるからこそ、朗らかさが必要なのだ。

今年、4月1日、森は小児科病棟の師長に異動した。すでに彼女にとって新たな挑戦が始まっている。

田崎 健太(たざき・けんた)
ノンフィクション作家
1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年に独立。著書に『偶然完全 勝新太郎伝』『維新漂流 中田宏は何を見たのか』『球童 伊良部秀輝伝』(ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』『真説・長州力 1951-2018』『真説佐山サトル』『ドラガイ』など多数。最新刊は『全身芸人』(太田出版)。早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。小学3年生から3年間鳥取市に在住し、サッカーに熱中(城北小ジュニアキッカーズ)。今年から鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル』編集長に就任。
(撮影=中村 治)
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