3期連続赤字の経営危機から脱却し、14期連続増収、6期連続増益を達成。その再建の背景には、雇用は必ず守るというポリシーと、その人的資産を鍛え上げる力強い人材育成の仕組みがあった。

 

経営者が宣言「雇用には最後まで手をつけない」

正社員のリストラが加速している。好況期に“社員重視経営”を公言していた多くの経営者が手の平を返したようにコスト削減に血眼になっている。社員はコストなのか? 同じく1990年代初頭に3期連続の赤字という経営危機に陥った大手企業の社長はこう言って社員を鼓舞した。

〈人は資産であってコストではない。どんなに経営が厳しくなっても、リストラは最後の手段。安易に人を切ることは絶対にしない〉

発言の主は医療機器メーカー大手テルモの和地孝社長(現会長)である。リストラの不安に苛まれていた社員は胸をなで下ろすとともに、再建に向けて奮い立った。その後、見事に経営再建を果たしたテルモは14期連続増収、6期連続増益(2008年3月期)という偉業を成し遂げることになる。

もちろん「人は資産」との考え方は今も堅持する。同社の冨田剛人事部長は「人は資産であるという、人を軸にした経営は当社の一貫した方針であり、雇用には最後まで手をつけない。雇用は最後の最後だということを常に社員全員に言っています」と強調する。

だが、単純に雇用を守るだけで社員が奮起し、会社の成長を促すわけではない。逆にぬるま湯体質にどっぷり浸かり、身動きがとれなくなってバブル崩壊後に潰えた多数の企業の例もある。人を大切にすることは、決して甘やかすことではない。資産を資産たらしめ、その資産を数倍、数十倍の価値に高めるには、社員のポテンシャルを絶えず最大限に引き出す活動が不可欠であり、まさにテルモはそれを実践し続けている企業である。

同社は社員を「アソシエイト」と呼ぶ。アソシエイトとは「自ら考え自ら行動する主体的な人」という意味だ。以前の同社では指示待ち体質のぶら下がり社員や縦割り組織によるセクショナリズムが横行していた。そんな風土を転換するために「従業員は従う人であり、会社に帰属する従業員という発想はやめよう。自ら考えて、自ら行動する社員になっていかなければ会社は成長できない」(冨田人事部長)という理由から生まれたものだ。

しかし、いきなりアソシエイトと言っても社員にはぴんとこない。有志社員によるアソシエイト・スピリッツを制定し、アソシエイトとは何かについて職場単位で徹底的に議論し、認識の共有化を図った。

もちろん精神的風土の改革と並行して「自ら考え自ら行動する」ことを可能にする組織・職場環境の変革も同時に進めなければ意味がない。その一つが徹底した経営情報の公開と「見える化」の推進だ。同社では月初に各職場で「毎月ビデオニュース」が放映される。例えば四半期ごとの決算を経営企画室長が解説したり、国内の工場や海外の拠点でどういうビジネスが展開され、どうなっているかなどビジネスのトピック情報を20分程度のビデオにまとめて全社員と共有している。

「本社や営業拠点では会議室、工場では社員食堂に全員が集まって観ながらコミュニケーションをとっています。工場は3交代ですので3回に分けて放映し、今会社で起きていることをどこにいても全員が理解することができます。管理職など一部の層に限られた情報の壁を排除し、なるべく情報をオープンにすることで一体感の醸成にも貢献しています」(冨田人事部長)

開かれた風土はアソシエイトの主体的行動を促すインフラであるが、人事諸制度においてもそれは貫かれている。自ら手を挙げて新たなキャリアにチャレンジする仕組みの一つがACE(アソシエイト・チャレンジ・エデュケーション)と呼ばれる社内公募制だ。業務の拡大や新規事業などで人材を確保したい部署が募集し、社員は上司や同僚に知られることなく直接人事部に応募するシステムである。

これまで200人以上の応募者があり、約80人が異動した実績を持つ。加えてACEの一つとして08年からBRICsなどの海外駐在員候補生の募集も実施している。基礎的語学力など一定の要件を満たせば部署に関係なく応募できる。2008年は約30人が応募し、7人が合格した。合格者は本社の経営企画室などの担当部門でビジネスや輸出入業務などを学習した後に派遣される。

本来、海外への派遣は業務に精通した部署の社員を指名するのが通例だが、あくまで挑戦意欲を重視するのがテルモ流だ。
「英語ができる、できないというよりもガッツがあり挑戦意欲のある人に手を挙げさせることが重要。とくに南米やロシアに行くとなると、それなりの根性が必要ですし、会社が指名するのではなく、手を挙げた人間を行かせようという考えです」(冨田人事部長)