組合員が賞与を社内預金に回し、資金不足を乗り切る
未曾有といわれる不況下で日本的経営を支えてきた「従業員主権」が揺らいでいる。従業員主権はいうまでもなく株主主権に対置されるもので、働く人々を企業の競争力の源泉と見なし、その具体的担保として雇用の確保・継続を保証する考え方である。その真価が問われるのは現在の過剰雇用期であるが、それに耐えきれずに一気に外部労働市場に吐き出す企業が増えている。
もちろん大不況は今回が初めてではない。いくたびかの不況に直面し、事業再生を模索しながらも雇用を最大限守り抜いてきた企業もある。総合化学メーカーの旭化成もその一つだ。同社は戦後の1948年の大争議を経て労使協調路線に転換。以降3度の不況を乗り切ってきた。
57年の生産量を半分にまで落とした「化繊5割操短」では3700人の社員を順に一時帰休させる措置をとったが、翌年には全員を復職させている。
「もちろん会社を休むと給与が減ることになります。労働組合も組合員を一人ひとり励ましながら一時帰休に踏み切り、同業他社が希望退職を募集するなかで当社だけは全員を復帰させたのです。これ以来、雇用を守ることが労使の共通の思いとして定着してきたのです」(取締役常務執行役員・辻田清人財・労務部長)
今日のワークシェアリングの先駆けである。雇用確保で築かれた労使の信頼関係は、61年のカシミロン不況や73年のオイルショックのときにも貫かれた。アクリル繊維カシミロンの不振で資金不足に陥った経営を救うために組合員が賞与の2割を社内預金することで資金を拠出し、危機を突破している。オイルショック時の一時休業の際には労使で「福祉共済会」を発足、医療保険や子供の育英資金の貸し付けなど社員の生活を守る仕組みをいち早く設置した。
会社の窮地は雇用の危機でもある。労使が痛みを分かち合い、一丸となって苦境を乗り越えてきた企業にとって、会社は株主のものではなく、経営陣も含めた働く人々のもの(従業員主権)と考えるのはごく自然の発想だろう。