分社化の効果は遠心力と求心力のバランス次第

しかし、自主自立はいいが、分社化することで人事ローテーションが困難になるなど会社間にカベが生まれ、結果としてグループとしての一体的事業の運営を阻害することにもなりかねない。事実、当時同業他社からそうした批判を浴びている。そのリスクを回避し、事業の成長と発展を図るには、事業経営の独立性を高める「遠心力」とグループとしての一体感を保持する
「求心力」とのバランスをいかにとるかが重要になる。旭化成はこの点において独創的な仕組みを構築した。

持ち株会社の役割としてグループ全体の戦略を立案するとともに、ヒト、モノ、カネなどグループ資源の最適配分とグループの経営執行の監督を行う。同時に新事業の芽を育成するインキュベーターの役割を持ち株会社が担うことにした。

その役割を果たす具体的な機能の一つが持ち株会社の諮問機関である経営戦略会議だ。事業会社ごとに独自の裁量で使える投資金額が決まっているが、その額を超える大型案件について各事業領域のトップと持ち株会社が協議・決定する。また、事業会社の毎年の予算など経営計画の進捗状況を四半期ごとに持ち株会社社長が確認する「事業インタビュー」を実施している。

求心力を担保するには“人事”も重要だ。事業会社の事業部長以上の人事権を持ち株会社の社長が持ち、部長以下の人事権は事業会社が持つ。事業部長以上の人事については事業会社の社長が起案し、毎年12月から翌年2月にかけて持ち株会社の社長と話し合いながら決める「人事インタビュー」を実施している。

事業会社の部・課長の人事権は事業会社にあると述べたが、人事、経理、知的財産などの職能ごとの育成と配置の権限は持ち株会社が握り、横串を一本通している。たとえば事業会社ごとに人事部があり、人事考課は各事業会社が行うが、人事部長については事業会社の社長だけでなく、持ち株会社の辻田部長もチェックするなど「遠心力を働かせながら求心力も同時に保つ」(辻田部長)運用を行う。さらに持ち株会社の人財・労務部長が事業会社の人事部員の配置権を持ち、事業会社を超えた異動を行っている。

求心力を高める機能として、グループの人事部長クラスが月1~2回集まり、人事異動を含めて検討する「人事責任者会議」を設置している。これとは別にグループの課長クラス以上で構成する「グループ人事会議」を定期的に開催しているが「人事部員の育成やローテーション、研修内容を含めた人財育成体系の検討など物事を決めるときに課長クラスも入れて議論することで参画意識を醸成し、グループの求心力を保つ」(辻田部長)狙いもある。

会社間をまたがる人事異動は頻繁に実施されている。同社は人事に関する基本方針として「人財育成、適材適所、雇用の確保に必要な場合は、従業員は事業会社・持ち株会社の枠を超えて異動する」と謳っている。グループ内の人的資源の活性化のうえで人財育成、適材適所は重要だが、事業の統廃合などが発生した場合は「別の事業会社に異動することで雇用確保する。すでに小さな事業を廃止したケースで異動させたことがある」(辻田部長)という。

事業会社・持ち株会社間の異動は法律上退職して入社する転籍になり、本人の同意を必要とするが、持ち株会社制に移行してから一人も拒否した社員はいないという。会社の命令による異動だけではなく、自主的なキャリア形成の観点から本人の申告で異動できる「公募人事制度」もある。各事業会社が年に4回人材を募集し、現職で3年以上働いている社員であれば応募できる。03年10月以降の計19回の募集人員は約400人。うち合格して異動した社員は約120人に上る。