旭化成は2006年に従来の考え方をベースに「人財理念」を再構築した。そこには会社が全社員およびリーダーに求める行動が列挙されているが、冒頭に「会社が約束すること」としてこう明記されている。〈旭化成グループの人財が、働きがいを感じ、いきいきと活躍できる場を提供し、グループの成長と発展を目指す〉。
「人財が最大の資産」と位置づける同社の姿勢を宣言したものだが、内容については「ここまでいうべきか議論にはなったが、従業員に求める以上、会社も覚悟して宣言しよう」(辻田部長)と踏み切ったものだ。
しかし、雇用確保を基軸に「働きがいを感じ、いきいきと活躍できる場を提供」しつつ、成長を持続していくことは激しいグローバル競争下では容易なことではない。そこで同社が成長を促すインフラとして実施した最大の組織改革が03年の「分社・持ち株会社制」への移行だった。持ち株会社制は企業合併のソフトランディングの手段として使われることが多いが、同社は持ち株会社の傘下に中核事業部門を分社化し、「自主自立経営」と「スピード経営」の徹底を目指した。
同社の事業はもともと繊維が中核を占めていたが、繊維不況などの産業・経済環境の変化に対応すべく事業の多角化を推進。繊維からケミカル、電子部品、医薬・医療、住宅・建材に至るまで事業領域が大幅に拡大した。変化に先んじて新事業を開拓し、企業の存続・発展を図ろうとする同社の進取の気性を示すものだが、半面「自分の所属する事業部門が赤字でも、他の事業の利益で賞与も出るし、あまり痛みも感じないまま事業を続けるというもたれ合いの体質も生まれる」(辻田部長)土壌も存在した。
加えて経営の意思決定においても当時は各事業部門の代表を含めて30人ほどの取締役がいたが、自分の専門分野の議論はできても専門外の案件では同レベルでの議論や意思決定が難しいという問題も生じていた。
「もたれ合いの構造をなくすには、事業会社独自でキャッシュフローを重視し、どこに投資するかも含めて権限と責任を与えるほうがよいと考えたのです。監督は持ち株会社がやるが、執行は事業会社に委譲することで迅速な意思決定によるスピード経営を目指したのです」(辻田部長)
たとえば自主自立経営を徹底するために、持ち株会社の役員が事業会社の社長を兼務せず、事業に集中できるようにした。また、事業会社の社員も「甘えをなくしその会社の人間になりきって働いてもらう」(辻田部長)という観点から持ち株会社からの出向ではなく全員を転籍させた。