山の日の意義は「豊かな自然の再認識」
まず産経と東京の「山の日」の社説(ちなみに産経は「社説」ではなく、赤旗と同じ「主張」)を取り上げてみよう。
産経社説はこう書き出す。
「2回目の『山の日』を迎えた。国土の約7割を広い意味での山が占めるわが国では、どの場所にあっても山を身近に感じる機会が多い」
「山笑う、山滴る、山粧(よそ)う、山眠る。これら春夏秋冬の季語に表象されているように、日本の山の景観は季節ごとに多彩に変化し、自然は常に新鮮な驚きをもたらしてくれる」
産経社説はこう書いたうえで「『山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する』と定めた祝日法の趣旨は、山の豊かな自然を再認識することでもあろうか」と読者に山の日の意義を再確認させる。
「驚異」は「脅威」にもなる
さらに産経社説は「山に登れば森林の匂いや珍しい動植物、頂上や尾根からの眺望など、自然が用意したさまざまな驚異に出合うことができる。一方で『驚異』は、往々にして『脅威』にもなることを断じて忘れるわけにはいかない。山の魅力は、登山者の安全が確保されてはじめて享受できるものに違いない」と書く。
「驚異」が「脅威」になるところなど少々、言葉遊びではあるが、山の魅力は安全の上に成り立っていること自体は、その通りである。
後半で産経社説はこうも書く。
「忍耐力の増強を図り、恐怖を克服するのも確かに修練の一つであり、必要以上に恐れるのは決して賢明とは言えないが、登山の何よりの喜びは無事に登頂し、無事に下山することにあるはずだ」
「知恵を働かせることによって見えない危険を想像し、臆病になることも登山者の心得であると、深く銘記したい」
それゆえ見出しも「臆病も勇気のうちである」と付けてある。