カリフ制国家ISの出現は、歴史の反動だ
イラクとシリアにまたがる広大な地域を支配下に治め、2014年6月にカリフ制国家の樹立を一方的に宣言したイスラム過激派組織イスラム国(IS)。対してイラク軍と米軍主導の有志連合は掃討作戦を展開、IS支配下の要衝を徐々に奪還して、ついには最大の拠点であるイラク北部の街、モスルの奪還作戦に突入した。イラク軍にはイラク政府軍にクルド人自治政府の治安部隊、スンニ派とシーア派の民兵が参加していて、それを有志連合が空爆や軍事顧問の派遣などでバックアップしている。通常の国家相手の戦争ならば、進軍して領土を制圧すれば決着がつく。しかしISには領土も国境もない。前進したイラク軍が背後から反撃を受けるなど、ISの抗戦に悩まされているとの報道もある。支配地域を追われてもどこか別の街に逃げ込んで新たな拠点にするだけのこと。もしイラク軍が支配地域を完全制圧したとしても、ISは世界の大都市に潜り込んでテロ活動を続けるだろう。
ISはアブー・バクル・アル=バグダディ氏をカリフ(イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの後継者であり、イスラム共同体の最高指導者)に奉じている。バグダディ氏をカリフに仰ぐ世界のイスラム教徒はすべてイスラム共同体、イスラム国家の一員であって、カリフ制国家に国境の概念はないのだ。古びた統治システムだが、国境を軽々越えていく現代のネット社会にはなじみがいい。ISはSNSや動画サイトを巧みに使ってイスラム共同体への回帰を訴え、「聖戦」への参加を呼び掛けている。リクルーティング組織を世界の大都市に張り巡らせて、現地で虐げられているイスラム教徒などを「本国」に送り込んで戦闘訓練や思想教育を施す。彼らが帰国してテロを引き起こし、あるいはISの主義主張に共鳴した人間がホームグロウン・テロ(自国育ちのテロ)を起こすのだ。たとえ中東の支配地域を失っても、ネットと現実世界を巧妙に行き来するISの脅威が減じることはないだろう。
ISというカリフ制国家の出現は、国民国家の枠組みを無理やり押し付けられてきた中東の歴史の必然的な反動のように思える。国境があって、一つのまとまった国民がいて、その人たちが選挙で選択したリーダーか、あるいは独裁的な権力者が国を治め、国を治めるための法律があり、通貨を発行し、軍隊を持って国境を守る――。こうした国民国家のコンセプトは近代150年ほどの歴史しかない。日本は先に国民国家をつくり上げた西欧の真似をして、明治維新をきっかけに封建国家から国民国家に移行した。天皇の絶対君主という縛りはあったものの、比較的スムーズに国民国家の体裁を整えてきた。