今回ほど北方領土問題に対するロシア側のスタンスが明確に示された首脳会談はない。それが端的に表れていたのが会談後の共同記者会見だ。

プーチン大統領が会見で言及した「ダレスの恫喝」

2016年12月に来日したロシアのプーチン大統領と安倍晋三首相の首脳会談。会談の成果について安倍首相は「北方四島で日露が共同経済活動をするための『特別な制度』について、交渉を開始することで合意した」と説明して「共同経済活動の協議開始が平和条約締結に向けた重要な一歩になりうる」と述べた。

会談後、共同記者会見を行う安倍首相とプーチン大統領(2016年12月16日)。(写真=AFLO)

これまでに日本政府が平和条約締結の前提条件としてきたのは北方領土問題である。こちらについては表立った成果はなく、日本の新聞メディアは「領土問題に具体的な進展なし」と期待外れ、との論調が目立った。しかし、私に言わせれば、今回ほど北方領土問題に対するロシア側のスタンスが明確に示された首脳会談はない。それが端的に表れていたのが、首脳会談後の共同記者会見。記者からの質問に応じるかたちでプーチン大統領は次のように語った。

「1956年にソ連と日本は56年宣言(日ソ共同宣言)を調印し、批准した。この歴史的事実は皆が知っていることだが、このとき、この地域に関心を持つアメリカの当時のダレス国務長官が日本を脅迫した。もし日本がアメリカの利益を損なうようなことをすれば沖縄は完全にアメリカの一部になるという趣旨のことを言った」

詳しくは後述するが、これは「ダレスの恫喝」と呼ばれる歴史的事実であり、この楔が打ち込まれたがゆえに、日露間の領土問題は一歩も動かなくなってしまった。アメリカの同盟国である日本のトップとの首脳会談、その後の公式会見の席で「ダレスの恫喝」を持ち出すということは、プーチン大統領と安倍首相との間で相当に踏み込んだ議論が交わされて、領土問題についての歴史認識が共有されたことを意味する。北方領土問題は単に日本とロシアの問題ではなく、日本とアメリカの問題でもあるという歴史的因果を、プーチン大統領は安倍首相と会談を重ねる中で言い聞かせてきたのだと思う。

北方領土に対する日本とロシアの考え方には大きな齟齬がある。日本の外務省が国民に説明してきたのは、「日ソ中立条約がまだ有効だったにもかかわらず、ソ連はこれを一方的に破棄して日本に宣戦布告、日本がポツダム宣言を受諾した後もソ連軍は侵攻を続けて北方領土を不法に占拠、以来実効支配を続けている」というものだ。対して北方領土の領有は第2次世界大戦の結果、戦勝国のソ連(当時)が獲得した正当な権利であるというのがロシア側の主張であり、従って「日露間に領土問題は存在しない」としてきた。どちらの主張に理があるのか。史実に照らせば、これはロシア側が正しい。カイロ会談、ヤルタ会談など、戦後処理の話し合いの流れを精査すると、北方領土はソ連が勝ち取った「戦利品」なのである。当時、スターリンはドイツのベルリンのように北海道を南北に分割して北半分をソ連が占領することを要求した。病死したアメリカのルーズベルト大統領に代わってトルーマン大統領が北海道分割案を拒否、戦勝権益として代わりに南樺太の返還と南クリル(北方四島)を含めた千島列島の領有を提案した。つまり、「北方領土を持っていけ」と言ったのはアメリカなのだ。