アイアコッカが振り撒いた「黄禍論」と同じ
第45代アメリカ大統領ドナルド・トランプの就任演説を聞いた率直な感想は「最悪」である。アメリカ大統領の就任演説は国民に団結を呼びかけるとともに、世界に向けてメッセージを発信するのが通例だ。トランプ大統領は演説で国民の団結を呼びかけこそすれ、「グローバル」に対するアメリカの信義や責任には一片たりとも言及しなかった。ひたすら「アメリカ・ファースト」一色。「アメリカ製を買え」「アメリカ人を雇え」と臆面もなく訴えて、「アメリカを再び強い国、富める国、偉大な国にする」と締めた。
「強いアメリカを取り戻す」というスローガンは「アメリカは弱い」という認識に基づいている。トランプ大統領が選ばれたということは、多くのアメリカ国民が本気でそう思っているのだろう。自分の国の自画像を正しく描けていないというのは、アメリカにとっても世界にとっても不幸だ。図は2016年の時価総額上位10社のランキングである。一目瞭然、米国企業が圧倒的に多い。しかも近年ますますその格差が開いている。
ランキングを見ても1位アップル、2位アルファベット(グーグル)、3位マイクロソフト、4位バークシャー・ハサウェイ、5位エクソンモービル、6位アマゾン・ドット・コム、7位フェイスブック、8位ジョンソン・エンド・ジョンソン、9位JPモルガン・チェース、10位GE(ゼネラル・エレクトリック)でトップテン(12位まで)を米国企業が独占。ちなみに日本企業はトヨタの29位が最上位。この30年間で進行したのはアメリカの一人勝ち現象である。
米国企業の今日の繁栄をもたらした原点はロナルド・レーガン大統領の経済政策、レーガノミクスにある。レーガン革命によって通信、金融、運輸などの分野を中心に規制緩和が進んだおかげで米国企業はグローバル化し、強い企業が続々と生まれてきた。前述の時価総額企業トップテンを見てもわかるように、抜群の強さを誇る新興企業はアメリカの企業が圧倒的に多い。中国の新興企業も序列では伸びているがそのすべてが国営企業かアメリカのパクリ企業である。かてて加えてジョンソン・エンド・ジョンソンやGEのような古参企業も善戦しているのだから、付け入る隙がない。
レーガノミクスによる規制緩和と市場開放政策は、アメリカの企業社会に適者生存の競争原理をもたらし、米国企業を強靱にした。競争に勝った会社は生き残り、世界に出かけていった。負けた会社は市場から退出した。弱者への同情は一切なし。勝ち残った会社は基本的にはいい会社のはずだから、それによって人々は安くて良い商品を享受できる。自国の弱い産業を潰しても、世界の最適地から安くて良いモノを取り入れて消費する。ウォルマートやコストコはこの原理でアメリカの高コスト体質企業を排除した。これがアメリカの通商・貿易に対する考え方であり、「信者」を増やそうと世界中に輸出してきた市場原理のルールだ。トランプ大統領はレーガン元大統領を尊敬しているそうだが、レーガンの革命思想には思いが至らないようだ。それどころか、彼の頭の中にある経済理解は30年前の発想である。トランプ大統領の中国やメキシコに対する攻撃は、30年前にアイアコッカが振り撒いた「黄禍論」を想起させる。