小学校のクラスを目の色で分けて、一方をエコ贔屓

筆者は大学の講義の冒頭で、2001年の9・11同時多発テロ事件のスライド映像を使う。事件当時のG・W・ブッシュ米大統領が対テロ「戦争」を宣言したのはまだ記憶に新しいが、社会心理学では人の集団を、個々人の性質をただ足しただけではない独特の性質を持つものと捉えており、戦争とはその集団同士の究極の葛藤であるからだ。

ただ、今後はこの映像を別の事件のものと取り換えねばならぬようだ。

15年11月13日、仏パリとその近郊において、銃撃と自爆による無差別テロが発生、100人以上が死亡した。シリア領内での国家樹立を宣言したテロ集団、イスラム国(IS)が首謀者とされる。

西欧で国民国家体制が確立された18世紀以降、戦争は国家と国家の間で争われるものと考えられてきた。しかし、現代は必ずしもそうではない。テロ集団は特定の組織に属するメンバーだけとは限らず、外部との境界線が明確でない。我々は今、国家でも社会的に認知された組織でもない、単なる象徴的な集団やカテゴリーの間で、世界規模の戦争が始まる時代を迎えているのである。

人の集団が互いにいがみ合う現象の根底には、何があるのだろうか。

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図1 実体がない集団でも、メンバーの心中に「身贔屓」が生じる

社会心理学者ヘンリー・タジフェルらが行った著名な実験がある(図1)。14~15歳の子供たちに抽象画をいくつか見せ、どの作品が好きか尋ねたうえで抽象画家クレーとカンディンスキーの名を教える。「世の中の人は、クレー派とカンディンスキー派に二分される。君は○○派だ」という架空の話を告げ、子供たちを人為的にこの2集団に分ける。

そして、「実験参加への謝礼の根拠となる得点を、クレー派の1人とカンディンスキー派の1人にどう配分すべきか」と質問し、配分の組み合わせをいくつか見せた(図1a)。すると子供たちの多くは、自派(内集団)のほうがやや多くなる組み合わせを選択した。さらに、自派への謝礼の絶対値が高くても、他派(外集団)のほうが多くなる組み合わせは、選択されにくくなった(同b)。

この実験の興味深いところは、子供たちは自分以外の誰がどちらの派に属するかは知らされず、分かれて一緒に作業したわけでもない、つまりどちらも実体として行動する集団ではない点だ。にもかかわらず、こうした結果が出た。