欧米社会は中東に対し正解を持っていない

ISの台頭とアメリカの中東政策にも因果関係がある。

先々代の湾岸戦争を引き継いで、ジョージ・W・ブッシュ大統領は「悪の枢軸」と決めつけてイラクを攻撃、サダム・フセイン政権を打倒した。確かにフセインは独裁者だったが、民族と宗教が複雑に入り組んだイラクを一つの国民国家にまとめあげていたのも事実だ。それを排除したために、イラクは分裂状態に陥った。民主的に選ばれた多数派(イスラム教シーア派)のリーダーに統治能力はなく、フセイン時代には抑え込まれていたシーア派、スンニ派、クルド人の対立構造が表面化した。一方、スンニ派のフセイン政権が倒されたことに危機感を抱いたのがサウジアラビアだ。サウジはスンニ派大国であり、隣国のイラクやイラン、シリアなど中東にシーア派勢力が広がることを嫌って、スンニ派の過激派組織を陰で支援してきた。それがISというモンスターに成長したわけだ。

さらにブッシュ政権がつくり出した混乱の芽を加速したのがオバマ政権である。攻撃目標をアフガニスタンに切り替えて(お尋ね者オサマ・ビンラディンが隣国パキスタンに蟄居していたので的外れな結果に終わった)、イラクから米軍を早期撤退させたために、イラクの混乱が拡大。その隙を突いて、それまで主にシリアで反政府活動を行っていたISがイラクに攻め込んで支配地域を広げたのだ。

チュニジアのジャスミン革命から始まった中東民主化にしても、カダフィを倒したリビアにしても、内戦に突入したシリアにしてもオバマ政権はことごとく判断を誤って混乱を拡大した。では、どうするべきだったのかといえば、最初から手を出すべきではなかったというしかない。国民国家のフレームワークでしか考えられない欧米社会は少なくとも正解を持っていない。解を持っていないにもかかわらず、自分たちが解を持っているかのように振る舞ったアメリカの中東政策が、今日の事態を招いたのだ。大国のエゴで広げた混乱は、大国の国民国家の論理では簡単には解決できない。

先進国を中心に150年ほど続いている国民国家(NATION STATE)という考え方と、イスラム系遊牧民にとっては違和感のないカリフ制との葛藤は武力では決着がつきそうもない。火薬庫と言われたバルカン半島ではチトーという独裁者によってユーゴスラビアが国民国家として成り立っていたが、彼の死後内戦を繰り返し6つの国家に分裂している。サダム・フセインの元では国民国家の体裁を取っていたイラクも、今となってはいくつに分裂するのか予想もつかない。ユーゴのように複数の国家になるのか、カリフ制のISが霜降り肉みたいに混在するのか、が見通せない。この問題に関して国連(UNITED NATIONS)が無力なのはまさにその名の通り、宗教や民族によって定義がはっきりしないNATION(国家)の集合体、という安易な定義・命名から出発しているからではないかと思われる。混迷する中東で今まさに問われているのは「国家」とは何か? という根源的な問題なのである。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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