『孫子』の言葉に頼ると危ない? グローバル市場
ベンチマーキングは、新製品開発などに広く用いられる経営手法であり、そこで説かれるのが、「ベストに学ぶ」というアクションである。
これは、誰もが思いつく常識的な発想と思われそうだが、確立した手法として広く用いられはじめたのは1990年代と、意外に新しい。
この時期に影響力をもった書籍の一つに『ベンチマーキング』(PHP研究所、95年)がある。その冒頭でR・C・キャンプは、古代中国の兵法書『孫子』の言葉を引用する。
「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」――キャンプによれば、この言葉はビジネスの世界における勝利の方法を示す。すなわち、「己を知る」とは、自社の強さと弱さを知ることであり、「敵を知る」とは、トップ企業、競合企業から学び、ベスト・プラクティスを取り入れることである。ベンチマーキングという手法は、これらの活動の体系的な実践をうながし、厳しい競争環境のなかにある企業に優位性をもたらす。
この『孫子』の言葉は、古今東西、軍事、そしてビジネスの領域で繰り返し引用されてきた。そこには一つの真理が捉えられていると考えて間違いなかろう。
しかし、グローバル化の進む21世紀に、日本企業がこの手法だけに頼っていては危ういのではないか。そこには、グローバル市場に特有のマーケティング問題がある。
21世紀を迎える前後から日本企業を取り巻く環境は変わった。国内的には少子高齢化社会へと向かう一方で、グローバル化が進む市場の潮流に揺さぶられ続けてきた。
そのなかにあっても、業績不振からの脱却を進め、経営体質を強化しつつある企業がある。パナソニックはその一社だといえよう。
同社の津賀一宏社長は、近年の競争環境の変化を踏まえて、「一つの大型商品が全社を引っ張る時代は終わった」と語っている(日本経済新聞2015年6月21日付朝刊)。
振り返ると、80~90年代のエレクトロニクス市場は、VHSビデオや携帯電話などの大型商品が牽引した。マーケティング巧者のパナソニックは、こうした大型商品のメガヒットで事業の規模と収益性を高めた。
パナソニックのみならず、この路線は、かつての優良企業の成功のメーンストリームだった。
「規模の経済」はマーケティングの鉄則だ。市場では、相対的にシェアの大きい企業がコスト面で優位に立つ。それゆえにメガヒットが重要であることは、今も昔も変わらない。
しかし、この路線で高収益を獲得できる企業は限られる。競争のなかにあって、規模の経済の追求で高収益をものにするには市場でトップシェア、あるいはそれに準じる地位につけていなければならない。これはハードルが高い。
産業のグローバル化が進むと、このハードルはさらに高くなる。競争優位の前提としての市場シェアを、国内ベースではなくグローバルベースで追求しなければならなくなる。勝ち組に入ることができる企業は一段と限られる。
グローバル化のなかで、優良企業のマーケティングに方向転換が生じるのは、そのためである。