「子供をきれいに撮りたい」と思うファミリー層

脱ベンチマーキングが有効なのは、法人需要を狙うBtoBマーケティングだけではない。一般消費者向けの商品でも、キヤノンの「イオス・キス」が、同様の引き算の発想で、長らく市場で強みを発揮している。

「引き算」で新市場を開拓したEOS Kiss(写真左)とレッツノート(同右)時事通信フォト=写真

「イオス・キス」は93年に発売された、エントリークラスの一眼レフカメラである。当初はフィルム方式だったが、03年にデジタル方式のモデルを投入し、近年も国内デジタル一眼レフカメラの売れ筋のトップ層の常連である。

「イオス・キス」は、“ママ・カメラ”とも呼ばれることからわかるように、ターゲットとする顧客層が明確である。90年代の初頭、キヤノンは一眼レフの高画質で撮影が可能な小型軽量のカメラを開発した。

しかしこうしたカメラは、プロやハイアマチュアの目には「安価だが、満足できないカメラ」と映りかねない。

では、誰に使ってもらえば満足してもらえるのか。そこでキヤノンが見いだしたのが、「子供をきれいに撮りたい」と思うファミリー層のユーザーだった。

「赤ちゃんの一瞬の表情をしっかり記録に残す」「運動会のわが子の記念すべき瞬間を絶対に逃さない」――「イオス・キス」が、市場で続く開発競争のなかで有利なのは、どのような使い方や被写体に応じるかがはっきりしていることである。そのため、あらゆる機能や仕様で最高である必要はなくなり、高性能とコストを両立させやすい。

「イオス・キス」にとって譲れないのは、動き続ける子供を正確に捉える、素早いピント合わせだ。シャッターボタンを押すだけで、きれいに撮影できる全自動モードの操作性や、小型軽量で女性の手になじみやすいグリップ感なども重要となる。

その見極めにあたって重要となるのは、ベンチマーキングではなく、顧客は誰で、何を撮ろうとしており、それにどうこたえていけばよいかの判断である。小さいことを強みに転じようとすれば、競合製品との比較に一喜一憂したり、不特定多数の顧客のニーズを漫然と追ったりしているだけではいけないのである。

(大橋昭一=図版作成 時事通信フォト=写真)
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