不況業種と呼ばれる印刷業界にあって、千代田区に本社を置く日精ピーアールは、2つの付加価値で業績を伸ばしている。1つは環境対応で、「水なし印刷」によって有害廃液をゼロに。もう1つは美術印刷などに使われる超高精細印刷技術である。積極的に改革に取り組む4代目の中村慎一郎社長に聞いた。
水なし印刷で有害廃液をゼロに
印刷に水はつきものである。一般的なオフセット印刷は、水と油(インキ)の反撥を利用して印刷するため、刷版に「湿し水」と呼ばれる水を大量に流し込む。その結果、有害なVOC(揮発性有機化合物)を多く含む廃液が発生する。
「東京都が指定するVOCの3大排出事業者が、塗装業、クリーニング業、印刷業なのです。これから生き残るためには、VOCを出さない印刷屋になるしかないと思いました」と、日精ピーアール社長の中村慎一郎(40歳)は語る。
同社は2015年に創業80年を迎えた老舗企業だ。中村の祖父が創業し、前社長の父が成長させた。会社案内や商品カタログなどの商業印刷を中心に、企画からデザイン、印刷、製本まで自社で一貫して請け負っている。何十年もの長い取引関係にある顧客が多く、安定した経営状態にあった。
中村は大学卒業後、損害保険会社、広告制作会社を経て2007年に同社に入社、父に大病が見つかったことから、2009年に4代目社長に就任した。広く世の中を見てきた中村にとって、歴史と常連顧客だけに頼っている会社の状態は危険に思えた。
「同業と差別化できる特徴を持っていなければ、やがて先細りは避けられないと思っていました」
入社した中村は営業として印刷業を学びながら、父と一緒に経営改革に乗り出す。それが、2007年から導入した2台の「水なし印刷機」である。
水なし印刷はアメリカで開発されたもので、湿し水の代わりにシリコンゴムを利用した特殊な刷版を使う。この刷版は東レが開発したものである。シリコンゴムがインキを反撥する作用を使って印刷するので、廃液はゼロだ。水あり印刷では調整のため何度も試し刷りを行い、大量の損紙を出したが、水なし印刷では調整が簡単なので損紙が減る。
メリットだらけに思えるが、印刷業界では水なし印刷は初期費用がかさむ上、運用が難しく、トラブルが発生しやすいという風評もあり、ほとんど導入されていない。全国1万4000社近い印刷業者の中で、1台でも水なし印刷機を導入している事業者は150社程度である。
「導入している会社の多くは、1台だけで、当社のように水なし印刷専業で経営している会社はほとんどないと思います」と中村は語る。