変化のないところに進化もない

中村は当初、会社を継ぐことは考えておらず、父からも継いでほしいと言われたことは一度もないという。だが、10年間、サラリーマンを経験するうちに、父の苦労とやり甲斐に気づき、自然と家業を継ぎたいと思うようになった。

いくら社長の息子といっても、いきなり帰ってきても社員たちが認めてくれるわけではない。「社員の半数は前向き、半分は懐疑的に私を見ているように感じた」と中村は言う。

そうした中で、水なし印刷の導入を始め、様々な改革を行ったのだから、反発があって当然だ。

「長年、水ありでやってきたオペレーターからは文句が出ました。実は社外の知人からも『絶対に失敗するからやめた方がいい』と親身な忠告をもらいました。しかし、導入に逡巡したことは一度もありません」

水なし印刷を入れるためには単に設備を変えるだけではすまない。水を全く使わない分、工場内の湿度や温度を適切に保ち、インキの硬さなど微妙な調整も必要だ。新たなノウハウが求められることもあり、6人のオペレーターのうち、2人が辞めた。それでも中村は前に進んだ。

だが、いざ始まってみると、「気が抜けるほどうまくいった」(中村)。しっかり準備したこともあるが、「水なし印刷はトラブルが起きやすい」という話は新しいことをやりたくない人たちの言い訳だったのだ。

廃液の処分が不要になったため、工程も短くなり、作業効率が上がった。湿度と温度が一定に保たれるので、作業環境も改善。空気測定をしてもVOCは検出されず、作業員の健康維持にも有益だった。

「水なし印刷の導入に失敗していたら、会社が傾いたかもしれませんが、100%の成功はないのですから、信念を持って決断するしかありません」

変化のないところに進化もない。中村の決断が進化を呼び寄せた。(文中敬称略)

株式会社日精ピーアール
●代表者:中村慎一郎
●創業:1935年
●業種:総合クリエイティブ業務、デジタル加工業務、印刷物の制作加工
●従業員:40名
●年商:7億円(2014年度)
●本社:東京都千代田区
●ホームページ:
http://www.nspr.co.jp/
(日精ピーアール、日本実業出版=写真提供)
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