かつて中国の支配下にあった琉球王国。中国皇帝は王の即位式に使節を送った。その使者たちが300年にわたって書き継いだ12冊の見聞録が冊封使録である。今、中国が尖閣の領有権の根拠として挙げるこの古文書に、幻の一冊『羅漢(らかん)』が存在した――。本書は『羅漢』をめぐって日中が揺れ動き、さらに沖縄の独立問題へ発展していく骨太のサスペンス小説だ。
「政治的主張が特にあるわけではないんです。ただ現実的な中国人は領土が関わると引かない。尖閣は小説のいい素材になると思っていました」
そう語る著者は、報道マンとして中国に滞在経験のある元テレビ局員。「こだわるのはリアリティ」というだけあって、警察とメディア、中央官界と沖縄県庁の攻防を精緻に描写。取材で得た膨大な情報を物語に落としこんだ。
「取材で見たものを生かすように心がけました。たとえば公園で老人が酒盛りをしていたら、その光景の中、彼らがオスプレイ墜落を目撃する場面を描く。カメラで撮った映像をつないで、加工していく感覚に近いかもしれません」
作家は昔からの夢だった。学生の頃、フレデリック・フォーサイスの小説を貪り読み、こんな話を書きたいと夢想した。社会人になると大勢の思惑が交錯するテレビとは逆の、一人で自由に作る世界に憧れた。しかし決断できないまま定年が近づき、やはり好きなことをやろうと55歳で早期退職。自ら退路を断って、一作目の完成にこぎつけた。
「一冊だけ世に出ればいいと思っていたけれど、色気が出てきましたね。今後も中国をからめた小説を書きたい」
一冊の出現が人の運命を変える。それは本書の創作にかぎった話ではないのだ。
(永井 浩=撮影)