いまやツイッターのフォロワー数29万人。世界陸上のメダリストで、ベストセラー『諦める力』の著者、為末大さんが、世界の問題から身近な問題まで、「納得できない!」「許せない!」「諦められない!」問題に答えます。(お悩みの募集は締め切りました)。
お悩みファイル5■お局様がスマホを使わせてくれない
職場の大先輩であるお局様からの攻撃に悩まされています。私の言動がことごとく気に入らないようで、「電話の置き位置が15cm右に寄っていた」などと重箱の隅をつつくようなことばかり指摘されています。使っていない電気スタンドを片付けたところ、なぜかとがめられ、1時間説教されたことあります。また、お局様はスマホに抵抗があるようで、使わないようにと要求してきます。私は受付業務ですので、お客様の漢字をスマホで調べたり確認したりすることもあるのですが、それもできません。「辞書と虫眼鏡を使いなさい!」と言われたときは驚愕しました。こういう人と上手く付き合うにはどうすればよいでしょうか?(女性・受付・52歳)

「苦手な人と仲良くなるには、相手の持ち物や身なりなどをまず褒めてみましょう」。コミュニケーションの教科書のような本には、こんなことがよく書かれています。たしかに人間関係を円滑にするには褒めるのは効果的だと思います。ただそれもパーソナリティあってのことですから、無理に褒めても不自然さが前に出て逆効果になるかもしれません。

小手先の人心掌握術に走る前に、なぜお局様がそういう態度をとるのか、考えてみましょう。たとえば、自分がスマホが苦手だからだといってあなたにまでスマホを使わせないというのは明らかに行き過ぎですね。電話の置き位置にしてもスマホの利用にしても、彼女が細かすぎる指図してくるのは、「何らかの隠れたメッセージ」だと思います。身も蓋もない言い方をすると、彼女はあなたのことを快く思っていない。その場合、あなたが言われた通りスマホのかわりに辞書と虫眼鏡を使って嫌われないように努力をしても無駄に終わります。何をやっても言いがかりをつける理由はみつけられるからです。では何もできないのかというと、そうではありません。自分自身の認識を変えることは可能です。

このお悩みを聞いて、北海道浦河町にある「べてるの家」を思い出しました。「べてるの家」は、精神障がいなどを抱えた人たちのグループホームなどを備えた活動拠点です。ここでは、「三度の飯より会議」を合い言葉にしていて、共同生活についての話し合いが活発に行われています。この会議は自分の病気の経過をまとめ、報告する場でもあります。そのとき、自分の症状にオリジナルの病名をつけたり、幻聴のことを親しみをこめて「幻聴さん」と呼んだりしています。また、互いにそれぞれの症状を実況中継したりすることもあるそうです。たとえば「○○さんは、ただいま妄想モードに入りました!」とか。べてるの家の人たちは、そうやって自分や相手の症状を客観視することで、病気とうまく距離をとって、なるべく無理をせずつきあっていく術を身につけていきます。「認識を変える」というのはこういうことだと思います。

たとえばお局様から、何か言われたら、「あっ、また責められた」と思うのではなく、「お局様は、ただいま攻撃モードに入りました!」と、心の中で実況中継をしてみたらどうでしょう。お局様その人に相対するのではなく、「なぜかわからないけど不思議なことを言ってくる人がいる」という状況全体を冷静に観察してみる。そうすると「またこんな理不尽なことを言われた、どうしよう」ではなく「またおかしなことを言っているけど、放っておこう」と少し余裕が出てくるかもしれません。

お局様のような理不尽な「威張りプレーヤー」はどこにでもいるものです。ある年齢以上になると、「若年者に対して無条件に高圧的、威圧的な態度を取ってしまう」という傾向が、多かれ少なかれ出てくるものなのかもしれません。自分の子どもや部下でもない人に対しても、無意識のうちに「上からの物言い」になってしまう。僕はそういう高圧的な人に会ったときは「またまた威張りプレーが始まりました!」と、実況中継することにしています。

相談者の方は50代ですが、こういう問題はいくつになっても、どこにいってもあることだと思います。最初からそう思って、相手に対する期待値を下げておくことも大事かもしれません。真面目で正義感の強い人ほど「この人との関係を改善しなければ」「この人に気に入られなければ」と頑張ってしまいます。

そもそも相手の心を「変える」ことなんてできないんです。でも、自分の認識は変えられる。実況中継、ぜひ試してみてください。

為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2014年10月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。2003年、プロに転向。2012年、25年間の現役生活から引退。現在は、一般社団法人アスリート・ソサエティ(2010年設立)、為末大学(2012年開講)、Xiborg(2014年設立)などを通じ、スポーツ、社会、教育、研究に関する活動を幅広く行っている。
http://tamesue.jp
(撮影=鈴木愛子)
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