力と力でせめぎ合う戦国時代。黒田官兵衛は並外れた智謀で世を動かした。彼の知略、奇策、説得術から現代のビジネスマンは何を学ぶべきか。官兵衛通の、東京電力取締役会長 數土文夫氏、企業再生請負人 冨山和彦氏、京都造形芸術大学教授 松平定知氏が語る。
組織の行動原理に囚われない秘策
【松平】黒田官兵衛が、小寺家の御着城の出城である姫路城の城主になったのは22~23歳のとき。そこから、じっくり周囲を見て、やがて毛利から信長への主君がえを決断し、中間管理職の小寺政職を説得し、同意を得て信長に直接会いにいき、その傘下に入ります。組織の大勢に流されず、正しい経営判断を行ったわけで、こうしたことは現代社会でも必要なことですね。
【數土】ないほうがおかしいのです。それはまさに社外取締役の役目だといえます。ただし、日本には本当にその役目を果たせる人材がきわめて少ない。戦後、日本の経済界はエリートをアメリカにどんどん送ってMBAを取らせました。ところが、そういう人たちは、帰国しても向こうで苦労して勉強してきたことを活かす場所がないものだから、みんな辞めて外資系企業に行ってしまう。そうしたら日本の会社は、どうせ無駄になると社員にMBAを取らせるのをやめてしまった。だから、日本の人材市場には、リーダーシップを発揮できる優秀な人材が不足しているのです。
【冨山】少ないのは間違いありません。ただ、そういう人材が必要だというように社会の枠組みが変わっていけば、自然に増えてくると思います。得てして日本人は、何とか家(け)や何々会社のようなムラ組織に入ってしまうと、ムラの空気を読んでそこに合わせるという行動原理になりがちです。先ほどの例で言えば、小寺家の中に毛利と組むのが当然だという空気が充満していたら、普通はそれに逆らうようなことはしません。ところが、官兵衛はそういうムラの空気から自由で、状況を冷静かつ合理的に分析して織田につくべきと判断した。実にクールです。戦国時代はこういう人が多かったのかもしれません。空気に合わせてものを考える傾向が強くなっている現代の日本人は、官兵衛のこのクールさを学ぶべきでしょう。