秀吉抜きだったら信長に殺されていた

黒田家16代当主・如水興産社長 
黒田長高氏

私自身は東京生まれで、氷川小学校、赤坂中学校を卒業しました。大卒後に就職・転職し、赤坂で不動産会社を興してもう30年になります。現在の居宅は東京・赤坂で、江戸時代に黒田家の中屋敷があった場所です。家譜などによれば、往時の土地面積は2万坪ほどあったようです。官兵衛の没年齢は59歳ですが、私もその年齢を2つ越えました。

黒田官兵衛の“官兵衛”は通称で、諱(いみな)が孝高(よしたか)、号が如水。残念ながら、家訓や言い伝えは特に残っていません。官兵衛が言ったとされる言葉も元は中国由来だったり、有名な「水五訓」もその類といわれています。

過去の映画・ドラマなどに登場する官兵衛は、まるで悪役のような謀略の将。ああいう時代ですから、中津で宇都宮家を謀殺するといった残酷なことも時にはしています。でも、実際はどうだったのでしょう? 私も多くの方々の研究から逆に教えられることのほうが多いのですが(笑)、本来は人間味あふれる正直な人だったのではないかと思っています。