支えた国と支えられた国が入れ替わる

同じ縄に縛られながら、歌声の前を通り過ぎた国がある。2010年代のユーロ危機で、ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインなどの重債務国は「PIIGS」と呼ばれ、フランスはそれを支える側にいた。危機の当事国となったスペインは解雇規制の緩和や付加価値税の引き上げに踏み込み、ポルトガルは公務員給与の抑制や国有企業の民営化を進めた。スペインは2025年の財政赤字をEUルール内の2.4%に縮め、ポルトガルは0.7%の黒字に転じた。米格付け大手S&Pグローバル・レーティングによる両国の格付けは、いまやフランスと並ぶ。かつて支えた国と支えられた国の立場は、静かに入れ替わりつつある。

ユーロ紙幣
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この回復は、歳出の抑制や増税だけで実現したものではない。経済の成長や雇用の回復が税収を押し上げ、改革を支えた面も大きい。縄に耐えることに加えて、風をとらえて船を進める力を取り戻したことが、両国の信頼回復につながったのである。

英運用大手のマーク・ダウディング氏は、こう表現する。かつての欧州債務危機では「大きすぎて潰せない」国が懸念された。今度のフランスは「大きすぎて救えない」国になりかねない。ユーロ圏第2の経済大国を支えられる仕組みは、簡単には見つからない。だからこそ、フランス自身が縄を保てるかどうかが問われている。

自分で刷れない通貨で借りている

ここで、米国との違いが浮かび上がる。米紙ニューヨーク・タイムズのポッドキャスト「ザ・デイリー」(10月9日配信)は、フランスの危機を取り上げ、米国との決定的な違いとして通貨発行権を挙げた。米国は自国通貨ドルで借り、必要ならドルを発行できる。フランスは、自分で刷ることのできないユーロで借りている。だから市場の評価が、より直接に国の財布を締めつけるのである。日本もまた、自国通貨で借りる国である。その点で、日本の立ち位置はフランスより米国に近い。

ただし、この物語の核心は、縛られていることの不自由さにあるのではない。オデュッセウスは、自分が誘惑に負けることを知っていた。だからこそ、誘惑の前に自らを縛った。縄は、彼が生きて帰るための知恵だった。ユーロという縄も、本来は、目先の誘惑に流されずに長期の安定を選ぶための仕組みである。問われているのは、縄を解くかどうかではなく、縄に守られながら、どう航海を進めるかなのである。