※本稿は、青山誠『宇野千代 恋を糧に生きた、その幸福な人生』(角川文庫)の一部を再編集したものです。
小学校の代用教員は月給32万円
女学校を卒業した千代は、川下村尋常小学校の代用教員に採用される。そこには義母リュウの実家がある。リュウの実母が小学校の近くで文具店を営んでいた。千代が代用教員に採用されたのも、学校とつき合いのある義理の祖母の口利きによるものだった。大正時代に入ると、東京や大阪のような都会ではタイピストやバスガールなど、若い女性が憧れる華やかな職種が増えている。しかし、岩国のような田舎では事情が違う。女性が就けるまともな仕事は小学校教師くらいしかない。
初任給は8円(編集部註:当時の人件費に換算して約32万円)。これも田舎の女性としてはかなりの高給だった。工場で働く女性労働者の場合、日給10銭の見習いからのスタートで、1カ月フルに働いても3円(同12万円)にしかならない。また、当時の庶民階層は男性でも大半がその日暮らしの日給制だから、月給制の安定した雇用条件は恵まれている。
千代はその給料の全額をリュウに渡していた。
「これをみんな、わたしが貰ってもええのかい?」
はじめて給料袋を手渡したとき、リュウは目に涙を浮かべて喜んだという。これからはリュウに代わって自分が大黒柱になって一家を養うつもりでいた。長男の薫は、上の学校に進学させるつもりだった。また、その下には10歳の次男・鴻、8歳の長女・勝子、6歳の三男・光雄、3歳の四男・文雄がいる。金はいくらあっても足りない。
外出時は常に化粧するように
2学期が始まる少し前に千代は川下村に引っ越した。着替えや生活道具を積んだ大八車を弟たちに引かせて借家に運んだ。その荷物のなかには化粧道具や色々な化粧品も入っている。夏休みに入る少し前頃から化粧をするようになった。休み中に色々と研究を重ねて、メイクの腕前はかなり上達している。外出するときには常に化粧をするようになった。化粧してない顔を人前で晒すのは、もう、裸で外を歩くのと同然なほどに恥ずかしい。
濃い化粧にあわせてヘアスタイルや服装も以前とはかなり変わった。前髪を大きく膨らませた当時流行りの庇髪、紫の袴と牡丹の花の刺繍をした半襟で田舎の畦道を歩いていると、かなり派手に映って目立つ。千代の姿を見て村の若い男たちが色めき立ち、すぐに村中の評判になったという。