同僚の男性教員と初対面で…
教員室で初めて会って紹介されたときにはもう恋に落ちていた。この後も、千代の恋はいつもこのパターン。出会った瞬間にひと目惚れして恋の虜になる。仕事もなにもかも忘れて、好きな男のことだけに没頭する。
未婚の男女がふたりだけで会うのは不道徳とされていた時代、一般社会でも男女のつき合いには細心の注意が必要だった。教師ならなおのこと、生徒たちの手前へんな噂が立たないよう細心の注意を払わねばならないのだが。恋に落ちた千代に自制を求めるのは無理だ。人目など一切気にせず好きな男のもとにまっしぐら、果敢なアプローチを開始する。放課後には散歩に誘って村の神社を一緒に歩き、夜には同じ集落にある男性教師の下宿に手料理を持って行ったりする。相手のほうもまんざらではなさそうで、鼻の下を伸ばしてデレデレと千代に寄り添う。
相手にも好かれ「恋は盲目」状態に
相手が好意を向けてくるようになると、ますます恋の深みにはまり込む。一時も離れたくない。授業中も考えるのは恋人のことばかり、子供たちに教科書を黙読させて、自分はその間にのろけた恋文を書き綴る。休憩時間にその手紙を生徒に持たせて、隣の教室にいる男性教師に届けさせた。こんなことをやらかせば、現代でも大問題になるだろう。
千代と男性教師の急接近は、まわりの者たちもすぐに気がつく。学校中の噂になり、やがて村人たちにも知れ渡るようになった。畦道でよく出会う千代に見惚れていた村の若者たちも、いまでは「やっぱり、そんな女だったか」と侮蔑の視線を投げかける。
親たちのクレームで解雇される
また、「あんな先生に子供を任せるわけにはいかん」と、生徒の親たちが苦情を言ってくる。こうなると当事者に厳しい処分を下さねば事は収まらない。ある日の放課後、千代は校長から呼ばれ、「あなたにはこの学校を辞めてもらわねばならん」いきなり解雇を通告された。
校長はさらに、「東京に行って学ぶために教師を辞める。そういうことにしておきましょう」とつづけた。学校の面目を保つため、また、千代の世間体も少し考慮して、表向きは自主退職ということにしたいようだった。
翌日には校庭に教師と生徒一同を集め、千代は別れの挨拶をしてそのまま村を去る。
そんな手筈が整っていた。学校としては一刻も早く千代を村から追い出し、村人や生徒たちの脳裏からその存在を消し去りたいと思っている。しかし、最後の最後まで、千代は彼らの常識では理解できない異人種だった。予想外の行動で、校長たちの入念な準備は台無しになる。