自分は不美人だと思い込んでいた
千代が化粧するようになったきっかけは、風呂場で窓ガラスに映る自分の顔を目にしたときに、思わず「可愛い」と見惚れたこと。これまで、そんなこと思ったことなかった。むしろ、自分は不細工だと思い込んでいた。昔の日本では色白であることが美人の条件のひとつで、田舎ではとくにそれを重視される。しかし、千代は色黒で、幼い頃は父・俊次からも「色黒」と仇名されてからかわれたという。「お前のような色黒を嫁に欲しがる男はおらんぞ」などと酷いことを言われ、それがトラウマになっていた。
風呂場の湯気で白く煙ったガラスには、自分の顔も白くなって浮かんでいる。肌の色さえ白くなれば、自分もそれなりにイケてるんじゃないか。
そう思ったところで、閃いた。
「そうか、お化粧して肌を白く見せればいいんだ」
さっそく白粉を買って試して鏡を見てみると、見違えるように可愛くなっている。
そうなるとさらに色々と試してみたくなり、あれこれと化粧道具や化粧品を買い込む。家族の生活のことなどすっかり忘れて、気がつけば給料の2割近くを注ぎ込んでいた。夢中になると何もかも忘れてしまい、欲望のままに突っ走っていた。自分の性を知って怖くなる。
メイクすると人から注目された
目鼻立ちがはっきりして、日本人離れした千代の顔立ちは化粧が映える。道ゆく人々が「おっ」と振り返って自分に見惚れている。人々に注目されて視線が集まれば集まるほどに、気分が高揚する。自分の顔がますます好きになり、自信が持てるようになった。堂々とした態度は美人をいっそう引き立てる。
「小さい子供のときから、父母たちの言葉によって剝奪されていた自信を、力一ぱいの気持で、自分の力で、自分の手に取り戻そうと試みた訳なのです」(『私のお化粧人生史』)
化粧をするようになってからは、心にも大きな変化が起こる。色黒のコンプレックスは彼女を縛る足枷だった。それが消えたいまは自由に大胆に行動するようになっている。“覚醒した”と、そんな表現がぴたりとあてはまるほどに千代は変貌する。