改革を始めたときが、最も危うい
トクヴィルには、もう一つの名著がある。晩年の『旧体制と大革命』である。なぜフランス革命は起きたのか。彼は、膨大な古文書を読み込んでこの問いに挑んだ。
導き出した答えは、多くの人の直感に反するものだった。革命は、暮らしが最も苦しかった時代や地域で起きたのではない。むしろ、状況が良くなり始めていた地域で、最も激しく燃え上がった。トクヴィルはこう書く。悪い政府にとって最も危険な瞬間は、たいてい、それが改革を始めるときである。耐えるしかないと思っていた苦しみは、そこから抜け出せると考えた瞬間、耐えがたいものになる。
この洞察は、どんな政府や組織にも当てはまる構造の指摘として読むことができる。改革は、人々に「変わりうる」ことを示す。それが期待を生み、同時に、変わらない部分への不満を一気に表に出す。
改革できない国だったわけではない
フランスは、もともと改革のできない国だったわけではない。サルコジ政権は2010年、大規模なストライキの中で年金の支給開始年齢を引き上げた。オランド政権も2014年に年金保険料の納付期間を延ばした。
マクロン大統領のこの10年を振り返ると、トクヴィルの指摘した構造が浮かび上がる。2017年の就任後、富裕税を不動産に限る税に改め、労働市場の改革を進め、2023年には年金の支給開始年齢の引き上げを、議会の採決を経ない手続きで決めた。改革のたびに、黄色いベスト運動や年金改革への大規模なストライキが起き、大統領は「富裕層の大統領」と呼ばれた。そしていま、年金改革は凍結され、財政を立て直すための次の一手は、政治の混乱の中で定まらない。
改革への反発には、異なる理由がある。負担を増やされることへの反対もあれば、「変えられるはずなのに、自分たちの暮らしは変わらない」という失望もある。トクヴィルの洞察が照らすのは、とりわけ後者である。改革は、人々の期待を高める。高まった期待に暮らしの実感が追いつかないとき、残された負担はかえって重く感じられる。改革を掲げた政治家は、制度を変える責任とともに、自ら高めた期待に応える責任も負うのである。これはマクロン氏一人の問題ではなく、改革という営みそのものが持つ構造といえる。

