翌日、不動産屋からかかってきた電話
翌日の昼休み、スマホが震えた。N氏からだ。私は深呼吸をして、電話に出た。
「……もしもし」
「あ、横山様。いつもお世話になっております。G社のNです」
声のトーンが、先日とは明らかに違っていた。あの自信満々な営業マンの響きではなく、慎重に言葉を選ぶビジネスマンの声だ。
「昨夜のメール、拝見しました。……正直、驚きました。ここまで詳細に修繕リスクと相場を分析されるお客様は初めてです。ご指摘の通り、屋根と外壁の件は売主様も気にされておりました」
N氏は続けた。
「横山様のご意向を、そのまま売主様へお伝えしました。『ここまで真剣に考えてくれる方なら』と……」
長い沈黙の後、N氏が言った。
「2480万円で、合意いたします」
オフィスの非常階段の踊り場で、私は拳を握りしめ、音のないガッツポーズをした。
「ありがとうございます!」
声が裏返った。300万円。たった一通のメールで、私の年収の半分近い金額が浮いたのだ。これは魔法ではない。「知恵」という武器がもたらした、必然の勝利だった。
300万円値引きに応じた理由の分析結果
なぜN氏は、あっさり300万円もの値引きに応じたのか? 後日、チャッピーにN氏の心理を分析させてみた。
〈不動産仲介(特に大手)にとって、もっとも恐ろしいのは「契約が長期化すること」です。彼らは月ごとのノルマに追われています。N氏はあなたのメールを見た瞬間、こう思ったはずです。「この客は詳しい。適当なことを言って言いくるめるのは無理だ。しかも、屋根の欠陥という“告知事項”に近い事実に気づいている。下手にこの客を逃して、次の客にまたゼロから説明するより、この鋭い客で確実に今月の数字(契約)を作ってしまった方が得策だ」
つまり、あなたは「うるさい客」になったのではありません。「話が早くて論理的な、逃したくない客」へとランクアップしたのです。これが、AI武装の真の効果です。〉
ちなみに告知事項とは、不動産取引において、買主の判断に重大な影響を与える「物件の欠陥や不都合な事実」のこと。心理的瑕疵も含まれ、これらを隠して売ることは法律で禁じられており、発覚した場合は大幅な値引きや契約解除の正当な理由となる。
晴れて売買契約が成立した。だが私は、「一式見積もり」という、さらなる闇を知ることになる。
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