糖尿病治療薬として開発されたインクレチン関連薬(痩せ薬)が、アメリカで爆発的に広がっている。丸紅経済研究所研究員の金子尚志さんは「市場規模はわずか数年でおよそ2倍になった。これにより、さまざまな産業で構造変化が起きつつある」という――。

※本稿は、ポッドキャストで公開中の「【THE INSIGHT~分析 世界の力学~】#11『やせ薬』が変える、世界の産業。食品・航空・物流まで巻き込む『地殻変動』を徹底解説」の一部を書き起こし、再編集したものです。

金子尚志(かねこ・たかゆき)
丸紅経済研究所 研究員
大学教員として、生活習慣病や神経変性疾患に関する基礎研究に従事。その後、コンサルティング会社にて、主に大企業や国立研究開発法人を対象に、水資源や再生医療分野における事業戦略立案、ディープテック領域の新規事業創出支援などに携わる。2026年より丸紅経済研究所に勤務。東北大学大学院薬学研究科博士課程中退(修士〈薬学〉)。

世界の経済を動かす「痩せ薬」の正体

――オゼンピックやマンジャロといった「痩せ薬」が、食品や外食、アパレル、航空、物流など幅広い産業の需要を動かし始めているといいます。どのような薬で、なぜ痩せ薬と呼ばれるようになったのでしょうか。

【金子】最初に申し上げておくと、今回は、この薬を使ったほうが良い、あるいは使わないほうが良いといった医学的な助言をするものではありません。個別の治療については、医師などの専門家に相談していただく必要があることを念頭に置いたうえでお読みください。

オゼンピックやマンジャロは、インクレチン関連薬と呼ばれる薬です。インクレチンとは、食事をした後に腸から分泌されるホルモンの総称です。その代表的なものが、インクレチン関連薬の主な対象となっているGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)です。

ペン型注射器を持つ手
写真=iStock.com/coldsnowstorm
※写真はイメージです

私たちが食事をすると、腸からGLP-1などが分泌され、脳や胃、膵臓などに「食事や栄養が入ってきましたよ」「そろそろ食べる量は十分ですよ」といった信号を送って、食欲や消化をコントロールしています。

ところが、体内で自然に作られるGLP-1は非常に短時間で分解されてしまい、およそ1〜2分で濃度が半分になることが知られています。そこで、この信号を強く、しかも長く作用させられるように工夫したのが、インクレチン関連薬です。

平均で体重の15~20%が減る

【金子】この薬の作用は、大きく分けて3つあります。

ひとつは脳への作用で、満腹感を強めて食欲を抑えます。2つ目は胃に対する作用で、食べたものが胃から腸へ移動するスピードを緩やかにすることで、少ない量でも満足感が続きやすくなるという効果があります。

3つ目が膵臓への作用で、血糖値が高いときにインスリンの分泌を後押しします。この3つの作用で血糖値をコントロールするとともに、食欲や食事量を減らす方向に機能します。

この薬はもともと2型糖尿病の治療薬として開発されました。そのなかで、使っている患者さんの体重が大きく減少することがわかり、糖尿病だけでなく肥満症の治療薬としても広く利用されるようになりました。

従来の糖尿病治療薬にも、体重を多少減らす作用を持つものはありました。しかし、それは基本的に糖尿病の症状を改善することが中心で、体重減少への作用は限定的でした。

これに対して現在のインクレチン関連薬は、体重減少そのものが治療の中心になり得るほど効果が大きくなっています。臨床試験によっては、薬剤によって差はあるものの、平均15〜20%前後、開発中の薬では20%を大きく超える例も報告されています。

従来の2型糖尿病治療薬では得られにくかった体重減少が可能になったことが、痩せ薬として一気に注目されるようになった理由です。こんなに体重を落とせる薬は、医薬品としては初めてと言っていいと思います。そこが大きなポイントです。