強さの内側で失われる適応力
ただし、この記事の重要な論点は、中国の影響力が広がる仕組みを説明した、その先にある。後半では、習近平氏の下にある現在の中国が、その戦略の内側に抱える弱点を論じた。『孫子』の戦略を徹底しようとするあまり、孫子が重視した人間の力と、状況に応じて変わる柔軟さを、自ら損なっているのではないか。外へ広がる支配力と、内側で失われる適応力を、同時に見る必要がある。
この危険を経営の言葉で考えれば、指導者の意図を隅々まで行き渡らせるほど、現場が自ら考え、変化に対応する余地が狭まるという問題である。統制が行き過ぎれば、異論や不都合な情報が届きにくくなり、判断を修正する力も弱まる。習近平氏と中国を古典から読む際に問うたのは、対外的な強さを生む仕組みが、国内では硬直化の原因にもなり得るという逆説だった。強く見える相手についても、その強さが何に支えられ、どこから崩れる危険があるかまで捉える。それが、この記事で『孫子』を用いた意味である。
日本企業にとっても、生活基盤を支える競争力と、変化に対応できる組織の両方が必要になる。顧客の仕事や暮らしを長く支えるには、製品性能に加え、保守や供給の安定まで担わなければならない。一方で、自社の成功した方法を絶対視し、現場の判断や異論を封じれば、持続する力は失われる。新刊で覇権を考える際にも、勢力が拡大する過程と、その内側に衰退の条件が生まれる過程を、一つの構造として読み解いている。
対イラン攻撃の3日前に公表した「回復への道」
ミラノ・コルティナ冬季五輪が閉幕したのは、2026年2月22日、日本時間では23日未明である。その閉会式をダンテ『神曲』の構造から読み解いた〈ミラノ五輪の閉会式はレベルが違った…日本人が知らない冬季オリンピックの「本当の見どころ」〉は、2月25日に公開された。米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始したのは、同じ年の2月28日。この記事の公開から、わずか3日後だった。
私がこの五輪の記事を書いた背景には、年初の米国滞在中から抱いていた不安があった。滞在中に見聞したことをもとに、さらに古典を手がかりに権力者の行動を読み解き、米国の攻撃はベネズエラだけでは終わらず、中東にも及ぶと見ていたのである。だからこそ、対イラン攻撃が始まる前から、武力と分断の連鎖をどう断ち、世界が再び結びつく道をどう見いだすかを考えていた。古典から読み取っていたのは、攻撃の正確な日付ではなく、力の行使が次の力の行使を呼ぶ構造だった。その危機感を持って閉会式を見たとき、『神曲』が示す回復への過程が、切実な現代の課題として浮かび上がったのである。


