八幡山城に劣らぬ土造りの山城
八幡山城からアップダウンが激しい尾根道を歩くこと約30分。強烈な勾配を上り切った先に待つのが北之庄城(図表1③滋賀県近江八幡市北之庄町)。柴田勝家がお市と最期を迎えたあの城と同名だが、全く関係はない。
標高は254m、比高150mと八幡山城よりはやや低い。同じ山城だが、石垣でガッチリ固めた八幡山城とは好対照で、こちらは完全なる“土の城”だ。だからといって抜かりはなく、手の込んだ加工がなされている。ややヤブがちなところもあるが、その遺構は今もはっきり残る。城域の広さは、八幡山城よりこちらの方が広いぐらいだ。
縦方向の落差と横方向の折れを駆使し、城内には広大な平地(残念ながらこの部分は雑草が繁茂)。なかなか良くできた山城なのだが、築城者や城主などの詳細は全く不明。一説には、かつてこの地域を支配していた六角家のものだといわれているのだが、判然としない。一部の遺構には、信長の近江侵攻以降の城に特徴的な構造も見られるという。
秀次との関わりも不明だが、少なくとも彼が八幡山城を築くより以前からあったことは間違いないはず。ということは、万一に備えて、北之庄城も整備していてもおかしくないのでは……。



