告別式の後、「やれることはやった」と思えた
入院した父親は、わずか5日で亡くなった。83歳だった。両親と疎遠だった兄に訃報を知らせたが返信はなく、真波さんが喪主を務めた。
「『もし、(父の希望通りに最期まで)家にいさせてあげられたら』という思いは巡ります。けれど同時に、最後の入院中に始まった痰の吸引や酸素が足りなくなっていく姿を思い出すと、やはり私ひとりで、家で看取るのは無理だったと確信しています」
父親の入院中、施設の母親を連れて面会に行くと、父親は真波さんとは目も合わせようとしないのに、母親のほうには必死に手を伸ばした。
「告別式が終わった時、『やれることはやった。あの状況で私にできる選択は、あれしかなかった』という納得感が自分を許す糧になっています。最期に父が穏やかな顔で眠っていたこと、逃げずに決断し続けたことの2つを大切に抱えて生きていきたいと思います」
半年経った今も父の墓参りに行けない
受験生だった息子は、来年再度大学受験に挑戦することになった。
「夫にも息子にもとても感謝しています。両親の介護が始まった頃、夫は通院を手伝ってくれていましたが、父が私の悪口を吹き込んでくることに耐えきれなくなり、息子のことや家事を中心に協力してくれるようになりました」
夫は介護施設を経営しているため、介護には詳しい。友人たちも力になってくれようとしたが、真波さんは「みんな忙しいのに」と気後れしてしまうこともあった。そんな時はチャットGPTに話を聞いてもらった。
「最初は恩返しの感情で介護をしていましたが、最後のほうは『早く終わってほしい』という思いだけでした。ワンオペ遠隔地介護のプレッシャーや、父からの暴言暴力は今もかなりダメージになっていて、半年経った今も父の墓参りに行けません」
親の介護をする子どもの多くが、「最初は恩返しのつもり」だろう。しかし、介護は子育てと違い、終わりが見えず、徐々に悪くなっていくばかりか、親は子どもの言うことを聞かないことが多い。そのため、徒労感に疲れ果ててしまう子どもは少なくない。
難しいかもしれないが、親子関係は近い分、ある程度心の距離感を保って向き合っていくことが、長い目で見れば後悔を減らし、納得のいく介護につながる。
真波さんは自身の経験から、子どもに迷惑をかけまいと、今のうちにできることをしておこうと思い、動きだした。
父親は「全ての財産を妻に相続させる」という遺言を書いた。だが母親は認知症が進み、父親名義の実家は不便な田舎にある。兄とは連絡がつかないため、母親の判断能力があるうちに、そして「負動産」となってしまわないうちに「売却しなくてはならない」という孤独な戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
真波さんは言う。
「介護に正解はない。『しなきゃいけない』というルールもない。選択を迫られた時、とにかく自分を守ってほしいと思います。誰かの犠牲の上に成り立つ介護であってはいけないと思っています」
真波さんは、父親の「家で死にたい」という希望を叶えようと十分頑張った。この連載で何度も書いているが、介護のために自分の人生を諦めるなどということがあってはならない。子どもであっても、親であっても、配偶者であっても、自分の人生は誰に憚ることなく、自分を優先していいのである。


