息子や夫への皺寄せ

真波さんの息子は大学受験を控えていた。

「両親の通院、入院対応や介護を私のワンオペ遠隔地介護でやっていました。全てをちゃんとやることは無理なので、①両親、②育児、③家事の優先順位。息子にも夫にもだいぶ我慢させて、大きな犠牲を強いてしまったと思います」

子育てと介護のダブルケアの場合、どちらを優先するべきだろうか。難しい問題だが、筆者は子育てであるべきだと考えている。

【図表】親の介護に直面するのは30代後半~50代後半が多い
出典=経済産業省のデータを基に埼玉県作成「介護離職の実態

だが真波さんは、厳格で傍若無人な父親により、両親を第一優先にしなければならない状況だった。

実家に泊まり込んでいる間、夫は家事全般と息子の塾の送迎をしてくれていた。夏に息子が百日咳にかかった際も、両親へ感染させる危険からそばにいてやれず、真波さんは泣いた。

「これで私に何かあっても大丈夫かも」

2025年10月。母親が高熱で動けなくなった。小柄な真波さんは車への乗り降りに手を焼き、ワンオペ介護の限界を感じていた。そんな時、ケアマネが「定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービス」を紹介してくれた。

「定期巡回以外にも、困った時に24時間365日対応してくれるというサービスです。父に話をしたら、案の定大喧嘩になり、暴力を振るわれ、勝手に自分で業者と契約していました。でも、その業者は介護の専門ではありません。何かあったときに押したら駆けつけてくれるというボタンも、認知症の母には意味がないし、父本人でさえ、契約したことを忘れて、何かあると電話してくるのは娘の私です」

それでも父親は、徐々にヘルパーを受け入れ始めるように。買い物や見守りを任せられる存在ができ、精神的に楽になった真波さんは「これで私に何かあっても大丈夫かもしれない」と少し安心できたそうだ。

「父親のがん判明から約1年、瀬戸内海を渡る車中で、何度『ここから海に飛び込んだら解放されるのに』と思ったかわかりません」

泣いている女性
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです

父の「家で死にたい」を裏切った娘

2025年12月。医療麻薬の影響か、夜中に父親が10分おきにふらつきながら起き上がろうとするように。転倒の危険から手を貸そうとすると暴言を浴びせられ、真波さんは一睡もせず見張り続けた。

「父は最後まで『家にいたい』と言っていました。目の前で転倒しそうになる父を見て見ぬふりはできませんでしたが、在宅で支える体力も気力も、もう残っていませんでした」

翌朝、真波さんは訪問医と看護師に「もう無理です」と泣いて訴えた。

「私に一睡もせず見張っていろと言うのですか?」
「私が潰れたら両親は誰が見るのですか?」

するとようやく医師は入院の方向に動き、夕方には入院先が決まった。奇跡的に同時に母親の施設入所も決まった。入院を伝えると父親は抵抗したが、やがて黙り込んだ。真波さんは母親に「お父さんが入院している間だけね」と伝えて入所させた。

「今も『自分が楽になるために母を騙したの?』という罪悪感が消えません。でもあのまま続けていたら私も壊れていました。正解なんて最初からなく、あったのは『これ以上、誰も壊れないための選択』だけ。私は“親を守るため”に“親の望みを手放した”のです。それでも、これが私にできた『最後の責任』だったと思いたいです」