差別化の消失――同じ成果を競合にももたらす
次に三つ目の、そしておそらく中長期的には最も厄介な問題がある。それは、「AIで誰でも出せる成果物は、差別化が難しくなる」という単純な問題だ。
生成AIは、世界中のユーザーにほぼ同時に普及するという珍しい技術である。同じツールが、競合他社の担当者の手元にも届いている。これは、製造業が行う機械・設備投資とは性質が異なる。特注した設備は自社固有の強みになりうるが、生成AIは競合も同時に利用できる。こうした希少性の低さは、差別化の難しさを生む。
むしろ、AIを使い合う競合の中に埋もれることで、競争優位そのものが縮小してしまうこともある。
例えば新卒採用市場では、AIによって多くの就活生が一定水準以上のエントリーシートを書けるようになった。かつては「よく書けている」という点が評価につながったが、それが機能しにくくなっている。こうしたことは、いわゆる「SaaSの死」と呼ばれる議論において、顧客側でAIを用いて内製化できるようになって、ソフトウェアの価値が相対的に低下することと同じだ。
もちろん、AIによる効率化が起これば、利益改善にはつながりうる。しかし、それを競合他社も同時に実現するならば、その利益は持続的な競争優位にはなりにくい。
「AIで良いものを速く作れるようになりましたので、価格を上げます」と言える企業は、AI提供企業を除けば多くない。AIによる効率化は他社も実現できるため、それ自体には値がつきにくいのである。問題はAIの性能ではない。AIの可能性を誰もが信じ、誰もが投資するからこそ、AIの活用そのものは差別化要因になりにくい。これがAIの社会経済的な限界なのである。
三つの断層をどう乗り越えるか
ミクロ・マクロのミッシング・リンク問題として、三つの断層を整理した。
AIを使って生産性を大きく上げるには、この三つを通過する必要がある。「自社でいくらAIを使っても業績も残業も減っていない」という場合には、このどこかで通過に失敗している可能性が高いだろう。
次の上位モデルを待っても、AIエージェントが広がろうとも、この三つは解決するものではない。これらはいずれも「モデルの性能」や「ユーザー・リテラシー」の水準の問題ではないからだ。
2.余白の消滅問題に対しては、AIで生まれた余白・タスクの行き先をあらかじめ決め、方向づける必要がある(組織マネジメントの問題)。
3.差別化の消失問題に対しては、自社にしかない独自の価値をAIに注ぎ込み、差別化につなげる必要がある(競争戦略の問題)。
AIは、「これまでの業務」を時短にするだけでは、価値が薄い。むしろAIの浸透と不可逆な社会の変化を、自組織の業務を引き直し、洗い直す機会として捉え直すこと。三つの壁は、そこからしか越えられないだろう。


