※本稿は、菅原道仁『幸せな人は「感じる脳」を持っている』(宝島社)の一部を再編集したものです。
怒りや悲しみを押し殺す代償
それにしても、私たちは日々の中で、自分の感情を後回しにすることを、驚くほど無意識のうちに繰り返しています。
私たちは家庭や学校や職場の中で、少しずつ「感じる前に抑える」術を覚えていきます。
たしかに短期的に見れば、感情を抑えることは「正しい選択」のように見えることもあるでしょう。怒りを飲み込めば、その場の空気は乱れませんし、悲しみを隠せば、弱さを見せずに済みます。不満を口にしなければ、表面上の平穏は保たれます。
心理学や行動経済学には「双曲割引」という考え方があります。これは、将来の大きな損失を防ぐことよりも、目の前の小さな安定を優先してしまう心の傾向を指します。
要するに、私たちの脳はもともと、目先の安全や損失回避を優先しやすい設計になっているのです。そう考えると、感情を抑え込むことが、その場しのぎとして選ばれやすいのは不思議なことではないのです。
その場をやり過ごせること。関係がこじれないこと。空気が乱れないこと。そうした短期的なメリットはたしかに存在します。しかし、脳と身体はその裏で確実に代償を払っているのです。
“借金”が身体の不調として現れる
感情を押し殺すことは、問題を消し去ることではありません。将来の健康を担保にして、その場の平穏を買っているようなものなのです。そして、その“借金”は時間がたつほど大きくなっていきます。
長年積み重なった沈黙は、やがて慢性的な身体症状として現れます。同時にそれは、人間関係においても、本音を伏せたまま表面的にやり過ごす行動パターンとして定着していくのです。だからこそ、言葉にならない身体の不調を軽く見ないことが大切なのです。
感情を言葉にすることは単なる自己表現ではありません。ましてや自分をわかってもらうためだけの作業でもありません。脳と身体の負担をこれ以上増やさないための、きわめて現実的な防衛手段でもあるのです。

