ラーメン屋の忙しさを知る妻に「ラーメン屋をやりたい」
一方、その裏で家族は揺れていた。
妻の有香さんは、水戸にあるラーメン屋の娘だった。幼い頃、両親が営む店の忙しさの中で育ち、やがて両親を早くに亡くす。ラーメン屋という仕事の過酷さも、家族が犠牲になる現実も、誰よりも知っていた。
「ラーメン屋だけは絶対にやりたくなかった」
その言葉には、経験に裏打ちされた重みがある。
にもかかわらず、結婚後に貴志さんは「ラーメン屋をやりたい」と言い出す。しかもタイミングは最悪だった。3人の子どもを抱え、4000万円の一戸建てを建てた直後。ローンはこれから、という時期だ。
「今じゃないでしょ」
当然の反対だった。しかし貴志さんは止まらない。「今やらなきゃダメなんだ」。その一点張りで、家族の事情も現実も押し切った。
有香さんは「この人は一度言い出したら人の話を聞かない」ことを知っていた。結局、彼女は半ば押し切られる形で、貴志さんの夢に「相乗り」することになった。
睡眠は1~2時間、「店の雰囲気が悪い」という口コミも
そこからの生活は、想像以上に過酷だった。貴志さんは修業へ。有香さんは家計を支えるため、個人事業主として配送業に従事する。朝から夜まで働きながら、子どもたちを育てる日々。家族の時間はほとんどない。
それでも時は進み、独立へ。
開業資金は1300万円。7年ローン。物件は元バーで、ほぼスケルトンからの改装。資金的にも、体力的にも、余裕はどこにもなかった。
そして迎えたオープン。現実はさらに厳しかった。
1〜2時間睡眠で仕込みと営業を回す日々。こだわりのトリプルスープゆえに仕込みは複雑を極め、段取りのミスが即崩壊につながる。経験のない有香さんは接客に苦戦し、オペレーションは混乱。クレームも発生し、店内の空気は張り詰める。
「営業中に“もう帰る”と言ったことも何度もありました」
カウンター越しにぶつかる夫婦。口コミに「雰囲気が悪い」と書かれることもあった。
それでも店は進化する。
麺もスープも素材も変え続け、味のブラッシュアップを追求した。最初は自信が持てなかったラーメンも、少しずつ「美味しい」と胸を張れるようになってきた。SNSでの評価、ラーメン関係者の後押しもあり、客足は安定し始める。


