ダイビング歴26 年一番の海は「小笠原」

伊豆半島の西側、雲見海岸沖。晴れていれば牛着岩うしつきいわの向こうに富士山の雄姿が望めるはずですが、今日は雲に隠れています。しかし、この海面の下にはそれに勝るとも劣らない絶景が広がっているのです。ボートに揺られること数分、ダイビングポイントに着きました。マスクを整え、船尾に立ちます。背中のタンクの重さを確かめて、海面へ大きく一歩を踏み出します。

水面が頭上を過ぎて、視界が開ける。揺らぐ陽光が岩肌を照らしています。ここは入り組んだ地形が魅力のスポットで、光と影の濃淡の中に、無数の魚たちが息づいています。銀色に輝くキビナゴの群れが流れていき、岩肌の奥の暗い穴からはタコがこちらを見ています。カラフルなニシキウミウシが岩肌に張り付き、洞窟に入るとキンメモドキの大群が岩間を縫うように流れていきます。暗いトンネルを抜けると、天井からスポットライトのように光が降り注ぐ出口が見える。その中を色とりどりの魚たちが、生命を輝かせながら泳いでいます。

海中には響く音がありません。潮が砂や岩にぶつかるときの微かな水音、時折カチカチと魚が歯ぎしりする音、そして自分がスゥーと空気を吸いボコボコと吐き出す音のみ。圧倒的な静寂に包まれて、自分の五感が研ぎ澄まされていくのを感じます。日々の生活で完全に忘れていた、自分の中の本能が目覚めていく――海に潜るたびに、私は「自分にはこの時間がどれだけ必要だったのか」と気づきます。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)
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