茶釜から静かに立つ湯気、松風まつかぜ(微かな沸き音)が響きます。外は都会の喧騒ですが、今この空間には千利休が生きた500年前と変わらぬ時が流れているようです。茶杓ちゃしゃくを手に取って、静かに帛紗ふくさで清めます。この小さな道具にも、先人の心が宿っています。師から教わった「茶杓には魂が宿る」の言葉を思い出します。一期一会の一瞬を大切に、心を込めてお茶を点てます。

今野芳弘
今野芳弘(こんの・よしひろ)
1959年生まれ。埼玉県出身。2011年アマゾンウェブサービスジャパン創設メンバーとして、クラウドの拡大およびクラウドを駆使したDXの普及に従事。19年Twilio Japan社長。23年より現職。約20年茶道を続け裏千家準教授に

茶道を始めたのは、純粋に日本文化を学びたいと思ったからです。最初は作法の一端でも知っていれば教養として十分だろう、と軽く考えていました。ところが、少し学び始めたところで「これは底の見えない世界だ」と気づかされました。作法の意味、道具の扱い、季節感の表現、すべてに奥行きがあり、一つひとつに心を込めることが求められます。学ぶほどに視野が広がり、感受性が磨かれていく感覚がありました。

気がつけば20年近く続けていて、裏千家の準教授という資格も取得しました。師範を目指したわけではありませんが、真剣に向き合ってきた証しとして大切にしています。学んでも、学んでも終わりがなく、今でもお稽古に通い続けています。西洋の完全な美とは異なる不完全さを尊ぶ美意識、飾らぬ静けさを味わう時間、相手を思いやる作法。出張などで海外に出るたびに、日本文化のよさをあらためて実感します。

茶道を通じて学んだことは数え切れませんが、最も大きかったのは「和敬清寂わけいせいじゃく」という言葉の意味を、少しずつ覚えたことです。和は互いに心を合わせ、敬は互いを敬い、清は心を清らかに、寂は動じない心――長く続けるうち、これが人としてのあり方そのものだと実感するようになりました。

千利休が説いたとされる「利休七則」にある当たり前のことを丁寧にこなす姿勢にも、多くを気づかされました。たとえば「花は野にあるように」といった教えには、自然から与えられた命の尊さを盛りこむ重要性や、本質を追求し余計なものを省くほど、魅力がより伝わることだと理解しています。

利休は、ただお茶を点てる達人だったわけではありません。戦国の世において将軍や大名の心を静め、時に判断の助言をしていた名コンサルタントであり名コーチだったのではないかと、私は想像しています。今の自分の生き方や働き方にも、少なからぬ影響を与えてくれている存在です。

テクノロジーでお客様をもてなす

茶道では、お客様を茶室に迎える際、露地(通り道)に箒をかけ、水を打ち、蹲つくばいに水を張り、清らかな場を整えます。おもてなしは、お客様が茶室に足を踏み入れる前から始まっているのです。現代の企業においてその役割を果たすのは、ウェブサイトではないでしょうか。見た目や機能性だけでなく、使いやすさや安心感も含めて「ここを訪れてよかった」と感じていただける空間づくりにこそ、企業の精神が表れます。

ウェブサイトを訪れるお客様はほんの一瞬で、企業に対する第一印象を抱きます。ページが開きにくく、動作が重ければ、心証はすぐに損なわれてしまいます。私たちの強みは、そうした見えにくい部分を支える技術です。たとえば、ファストリーのサービスを使っていただければ、アクセスがかなり集中してもサイトは遅くなりません。

もう一つ重要なのが、セキュリティです。最近ではAIを使って人間のふりをしながら不正アクセスを試み、顧客情報を盗み出そうとする攻撃も増えています。私たちのソリューションは、そうした脅威から企業とお客様を守る「門番」のような存在でもあります。安全で快適な場を整えることも、おもてなしの一環です。

この年齢になって思うのは、結局のところ人は「自分をどう整えるか」に尽きるということです。私にとってはそれが茶道であり、テクノロジーでした。日々、自分の軸を整えてこそ、人と向き合い、組織と向き合うことができるのではないでしょうか。

(構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

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