数息観の呼吸で心の垢を取り除く
社長になって9カ月ほど経ちました。
日々、忙しさに追われ、雑事に向き合い、経営の判断に思考を巡らせていると、心に垢が溜まってきます。その垢は、自分の立ち位置を少しずつ曇らせます。人間関係の歪みは大抵、こちらの意図と相手が期待していることの不一致から生じるものです。
自分は今どこにいるのか。何を期待され、どこで力を発揮すべきなのか。空回りしてはいないか。役職が上がるほどそうしたことを指摘してくれる人は少なくなります。自分で考え、気づくしかありません。
長岡禅塾は一般に公開されている施設ではありません。1939(昭和14)年、岩井勝次郎の遺志で開かれた学びの場であり、特定の宗派に属さず、大学生や社会人が寄宿して人格形成に努める場です。そして私は、勝次郎が創業した岩井商店の流れを汲む双日出身。約10年前から年2〜3回、こちらで坐禅を組むようになりました。
木立から、鳥の声が降り注いでいます。遠くからは、テニスコートでボールを打つ音が聞こえます。冬の張りつめた空気が満ち、堂内には無音が響いているようです。呼吸を「ひとつ、ふたつ」と数える「数息観」を行ううちに集中力が高まり、周囲の空間に溶け込んでいきます。少しずつ、頭の中の強張りが解けていくのがわかります。
塾頭が近づいてくると、私は静かに手を合わせ、警策を請いました。肩を打たれ、乾いた音とともに、思考を曇らせていたものが、雫が飛び散るように消えました。
就任前、最初に着手すべきだと考えていたのは、現有戦力を正確に把握することと、ステークホルダーとの関係性をより強固に築くことでした。急げば警戒され、遅れれば失望を招きます。その間合いを見極めながら、適切なタイミングで言葉を投げかけていく必要がありました。振り返れば課題は残りますが、思い描いていた骨格はおおむね示せたと思っています。
JALと双日の両輪で独自の立ち位置を確立する
ここ数カ月、私が意識していたのは、社長室にとどまらず、できるだけ現場に立って、一人でも多くの人に直接話を聞くことでした。管理職待遇の社員とは個別に面談を行い、グループ会社では昼休みなどの時間を使って、カジュアルなタウンミーティングを重ねてきました。その中で多く聞かれたのは、働き方に関する声でした。空港では早朝から深夜までのシフトを回さなければならない業務があります。人材の流動性が高い中で、余力のある体制を確保することは避けて通れない課題です。
私が重視しているのは、制度だけを整えても人は動かない、という点です。人は「やらされている」と感じる仕事よりも「やりたい」「面白い」と思える仕事のほうが力を発揮します。たとえば空港店舗での販売一つとっても、マニュアルどおりにおすすめするのと、自分の言葉で魅力を伝えるのとでは、結果に明確な差が出ます。社員が前向きに力を発揮できる状態をつくることが、働きやすさにつながり、やがて何倍にも業績を押し上げてくれるのです。
そのための試みとして、先日、全社員が参加する「未来を語る会」を実施しました。テーマは「50年後の会社の姿」。今の業務の延長ではなく、自由な発想で語ってもらいました。特に心に残ったのは「テクノロジーが進化する時代だからこそ、人間が介在する価値が高まる」という意見でした。「単に商品を販売するのではなく、旅の思い出や安心感を手渡すことが価値になる」と、お客様と接する現場の社員が、自分たちの仕事の意義を捉え直そうとしていることが伝わってきました。私が「人間力が大事だ」と言葉を尽くして説くよりも、社員自身がそれぞれの未来を考え、自らの答えに辿り着いたことに意味があります。人から与えられた目標は「作業」になりますが、自分で見出した答えは「意志」になります。
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